何かのプロになる、専門家になる、権威になる、ということを意識的に解体していきたい
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これは隣のぶどうは酸っぱいの一面もある
「隣の」がついてたことに今気づいたSummer498.icon
ほんまやはるひ.icon
面白い話題だと思ったので複製してページ化Summer498.icon
どういうことなんだろう。Summer498.icon
何かのプロになる、専門家になる、権威になる(のが良いことだ?|ねばならない?)ということ(atohs.iconの中での拘り?)を意識的に解体していきたい。
という風に補足が付くのだろうか。
自分の理解sta.icon
それぞれ実態が違うので、自分が本当にほしいものかどうかをよく見定めよ的なことかなと思った
1 プロになる → 競技的な世界で上位にいる感じ。勝負の営みから避けられない
2 専門家になる → 客観的に専門的(専門知識や経験が豊富)だが、プロとは違うので勝負はないか薄い
3 権威になる → 権威があるだけかもしれない。プロや専門性が伴ってるとは限らない。そして権威を得るための営業?ムーブが多い世界になる
これで言えば、僕は2がいいなー
勝負向いてないし、権威は不毛
ストレスフリーに食える状態が維持されつつ、専門性を掘り下げていければシアワセそう
「プロ」は、「その道で飯を食っている」的な意味があるような気がしているんですよねーatohs.icon
これは「アマ」との対比でそう思うという
+1Summer498.iconhoagecko.icon
自分の中でプロと専門家と権威は別物なので混ぜると訳わからなくなるMijikko.icon プロ:それでお金取ってる人
専門家:それに詳しい人
お金取ってるかは関係ない
ただ研究してるだけの人かもしれない
権威:それの偉い人、もしくはそれで名が通ってる人
アマ:オタク
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関連しそうな話題をランダムにメモ
プロ
たとえば、「プロ野球選手」と「社会人野球選手」だったら、プロ野球選手の方が強そう
会社に入ると、「お客様にとってあなたが新人かどうかは関係ない、会社に入った時点でプロフェッショナルなんだ」とか言われる(そんなわけないとは思う)
プロとアマの境界の話だったらお金を取ってる時点でプロである(でなければならない)だと思うナMijikko.icon
professionalの意味(職業従事者)を抜きにしても
なんか、「プロ」というと、「専門的な技術や知識があって、その道に詳しくて、対応できる範囲ができて、すごい」みたいな付随イメージがある
しかし、プロが必ずしも良いとは限らない
たとえば、アメフトなんかは、大学のアマチュアリーグの権威が高い(高かった?)と聞いたことがある(未確認情報)
アイススケートで「プロ転向」といえば、競技志向をやめて、ショーに出ることである
「プロレス」と「アマレス」の違いが想起されても良い
プロをどう定義しているのか気になるSummer498.icon
アマをどう定義しているのかも気になるSummer498.icon
自然言語的に僕の中で定義があるわけではなくて、日常の用例を探してきて、どのような中心的な意味があるのか、どのような使われ方をしているのかを探っていって、自分の中での意味の位相を見つけたい、的なかんじですねatohs.icon
これすきSummer498.icon
なるほどsta.icon
批評家はテクストを読むのに慣れています。そうすると、世界もだんだんとテクストのように見えてくる。なぜなら、世界はまさにテクストと同じく①異質なものの集合体であり、②オープンで未完結であり、③ものごとをネットワーク的につなげているからです。この迷宮的な世界=テクストを熟知した「専門家」はいません。そこでは、誰であれ未熟なアマチュアにすぎない。批評家はこの世界=テクストを知的なアマチュアとして生き抜く術を、多面的に示そうとする職業なのです。
Twitterのプロフィールに「○○のプロ」「○○の専門家」とか書いてあると、めっちゃ胡散臭いなと思ってしまう
プロでなくても、必要な技術を自分で身に着けて、それをアマチュア的にでも実践できるのが格好良いと思っているところがある
仕事が総合格闘技化すればするほど興奮する、という自分の性向がある
一つひとつの領域に求められる知識や技術、専門性が薄められ、複合化された俺による俺だけの専門性が発揮されて、競争をする必要がなく、価値も発揮できるし、お金も稼げそうな気がするし、自己肯定感が上がる、みたいな話がある
Summer498.icon
何らかの方法で飯が食えていて、それとは別に、自分が好きなことを好きなように探求できたら私は満足。
研究成果を認められる欲求どころか、研究成果を権威ある場所で発表することそのものに対してダルいなと思ってしまう性分。
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タイトル見て「プロになる為の道筋を紐解く」的な話かと思ったらそうでもなかったMijikko.icon
言葉の定義だったりプロ等の個人的価値だったりの話かな
Twitterのプロフィールに「○○のプロ」「○○の専門家」とか書いてあると、めっちゃ胡散臭いなと思ってしまう
名乗るだけだったら誰でもできるし
https://gyazo.com/0a65b2ec4accc312016fdb0c3c8e8ed5
これはおそらく買う側、レビューする側、Youtuberとしての「プロ」
権威に頼った意思決定
研究成果を認められる欲求どころか、研究成果を権威ある場所で発表することそのものに対してダルいなと思ってしまう性分。Summer498.icon
自分が権威側になりたいかという話とはまた別に、権威に頼って意志決定しているかどうかという話もあるなーと思っているんですよねatohs.icon
たとえば、電化製品を買うときに、聞いたこともないメーカーのものを買うよりも、知ってるメーカーの物を買った方が安心する、みたいな
東大の教授が書いている本だと、なんか信頼性が高そうだと思う、みたいな
権威とかブランドって、ダルいけど、あるとあると便利なんですよね
狭義の「権威」だとマイナスイメージがあるかもしれないのですが、もう少し意味を広く取って、「信頼」とか「信用」とかも含む形での「権威」も想定しうる、みたいな
「権威だから信じる」だと盲目的な感じがするが、「それ(例えば東大教授)を権威たらしめるようになるまでの過程を鑑みて信じるに値すると判断する」だとちゃんと考えたうえで結果的に効率的な判断基準のために権威を使っている。Summer498.icon
選抜の厳しさとか、維持するための努力とか。
例えば科学は根本を辿っていくと信頼で成り立っているので、不正に対する罰が厳しい。
永久追放されたり、不正を行った者の論文を引用した論文が受理されなくなったり
研究に対する不正のみならず、研究と関係のない重大な道徳的な悪をやらかした人が実質引用禁止になったり
それって関係あるのか?と思うけど、人文系だと「重大な道徳的な悪をやらかした人の思想」という時点で問題視されるのは納得感ある。
その人の思想のどの部分が、その人のやらかしに起因しているのか不明なので、広まったらまずいものを混入させないようにするためには取り敢えず人そのものを処分する。
このツイートを思い出したhoagecko.icon
藤村事件は考古学的にはそういう言葉で表現するよりももっとえげつないトラウマのようで、Summer498.icon
考古学の授業を受けている学生が「そう言えば神の手事件ってあったよなー」「知ってるー」みたいな話をすると教授が苦虫を噛み潰した顔をするとか、
20年分くらいの研究成果(≒人生)を完全に無意味なものにされた人物が居るとか、
藤村本人が指を切り落としたとか、
細かい話を聞くと遺恨という感じがヒシヒシと伝わってくる。
英語圏など、hoagecko.iconがソースを精査できない世界での検索は必ず信頼できるソースからリンクを辿るようにしているhoagecko.icon
権威を信じるというとよくわからないが、「逆権威」と言いたくなるような存在を信じないというのは体感的に分かると思うSummer498.icon
「コイツ嘘つきやんけ!」ってなった瞬間にその人の発言を精査すること自体が無駄な手間に感じられて「あー、ダメ。お前 n 回嘘付いてるから、もう信用ならん。ダメなもんはダメ。」みたいになる。
学会からの追放とかもこういうのから起因する強い反応なのかもしれない
構成員のほぼ全員が裏切られたと感じれば「あんなやつ断固許すまじ」と言った感じになる。
現実と接地する由来を持つ権威なら権威を意思決定のショートカットに使えるけど、どこまで辿っても「権威しかない権威」を意思決定の拠り所にすると、細かい所を詰められるとシドロモドロにならざるを得ない。
クリティカルパンチが来た瞬間に意思決定の基盤である権威への信頼ごと失墜する。
例えば、リスボン大地震がよりにもよってカトリックの祭日に当時の覇権国家たるポルトガルの首都を壊滅させたため、「慈悲深い神」への信頼が失墜。