人は何のために勉強・学習するのか
from 2026/01/19
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人は何のために勉強・学習するのか
それは他人の知的労働を肩代わりしてみると、何故この人が勉強する必要があるのかという形で理解できる。
例えば、誰かの研究を可能な限り肩代わりするとしよう。
参考文献収集は(研究イメージが共有されており、文献知識のある者であれば)誰でもできる作業なので全て肩代わりできる。
執筆された荒削りの文を文意を変えずに論理的に固める作業は(文意を破壊せず論理的に文を整える能力と、文献と文章を接続する能力があれば)誰でもできる。
しかし、研究アイデアの詰めの甘さを指摘された際にそれを解決する方策を決定することは著者にしかできない。
更に、発表と質疑応答は著者にしかできない。
著者にしかできないことをやった者は肩代わりや手伝いではなく、最早著者である。
特に発表と質疑応答に関しては結局発表者自身の知識が盤石な物でなければ、発表者本人にとっても、その場の参加者にとって有益な結果は得られない。
参照可能な情報が脳内にしかない状況で立ち回れるようにするための、脳のメンテナンスが勉強・学習なのだ。
という事は、ペーパーテストよりも口頭試問の方が良いってことだな
ペーパーテストは膨大な人数を採点できるようにするための採点側の都合で行われている面が大きいだろう
真に優れたものを選ぶテストならば、そのテストにあらゆる手段で最適化すると真に優れた者に(素直に)近づいていくはず
口頭試問は採点者によってブレが生じる部分が問題になるかもしれん
均質なAIが口頭試問する時代!nishio.icon