狩猟採集的継続
たまたま余裕のある人が実をならせる
同じような実が生える可能性のある土地は無限にあって,
実は自由に持ち帰れて,どこにでも植えられて
余裕のある人がリレーを運営して,ストレージを提供して
ストレージは誰でも手に入れられて
ストレージに保存されていたデータは誰でも自由に持ち帰れて
リレーにお金を投げて,特定のリレーを長持ちさせてもいいが,そうしなくてもいいのが狩猟採集的継続
皆片手間でやるので,知識の外部化のモチベーションになるのでいいのでは?
今のネットワークはデータを受信するクライアントがネットワークを動き回れるようになっているが,そのうちデータストレージも動き回り出すのではないか
どのようにして木の実がなくなりそうであることを示すか
その木の実を持ち帰ってどう使おうが事前に文句を言う人はいない
進化もそうで、ある形質があらぬ方法に転用されることがある
究極の実践主義