タスク管理は手間をかけない方向に収束していく
雑に管理する and 今やってることに注力する and あまり未来を捉えるのはやめる、に収束していく?
なぜだろう
年を取ることによる何か?(年を取ることで何かが鈍る?)
タスク管理することで自分の性質と限界を知り弁えるようになるから?
こんな管理をしてもどうせ私はそのとおりに動けない(動かない)、とか
世の中には目標のために自己犠牲して進めるタイプもいるようだが、私は犠牲などできぬ、無理なく進められるペースを重ねるのが性に合っているのだ、とか
タスク管理によって(あるいは普通に生活によって)ある程度望みの人生が手に入り満足し始めてきたから?
rashita.icon手間をかけない方向というよりは、管理のためのコストと得られるリターンの「ちょうどよいバランス」に落ち着く感じではないでしょうか。
で、最初はある種の方法論をぎちぎちに真似するからコスト最大の状態から始まり、そこからだんだん「いいかんじ」のところへと下がっていく、という。
完成した方法論から入らない人は、少しずつ上がっていって、どこかで止まる(あるいはちょっと行きすぎてから戻ってくる)みたいな流れになるのかも(この界隈は学んでスタートする人がほとんどなので、そちら側のデータが少なすぎますね)
sta.icon私はこっちかもしれません
我流で管理を実現したくて自分でつくっていく(上がっていく)
どこかで「ちょっとやりすぎ感(手段が目的になっているなど)を感じる」や「自分だけじゃ上手くできない」にぶち上がる
(後者の場合は他の方法論を調べたりして)
下げていく
バランス、しっくり来ましたsta.icon
直した方がわかりやすそう
いったんメモだけ
before: タスク管理は手間をかけない方向に収束していく
after: タスク管理はちょうど良いバランスに収束していく
最適なバランス自体も変化する
状況次第で変わる
たとえばライフステージ。家族増えるとタスク管理がエグくなる(というより半ば破綻する)という話は何度か聞いたことがある
最適なバランスが変わらないことは、何かを意味しているか
たとえば「挑戦していない」
タスク管理が落ち着くことはまずない。落ち着くとすれば、安住しているときだ。 ――吉良野すた
↑ 安易に名言風にしてみましたが、あまりピンと来ない……sta.icon
タスク管理は変化に対応できる。チャレンジしないときは、その姿を変えないままだ。
rashita.iconバランスが変化していない、ことがそれだけでネガティブなニュアンスを含むわけでもないとは思う
rashita.icon本当にそうだろうか?
rashita.iconタスク管理に合わせて、自分の人生の可能性を抑え込んでいる可能性がもしあるとしたら、それはちょっと怖いことだと思う。