記号創発ロボティクス
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統語論的意味
記号間の関係性により定義する意味
言葉を言葉で説明する営みが意味ネットワークによる意味づけ。
すなわちソシュール的な言語観
この意味論は、いわば言語の中で記号のもつ価値が、その言語内の他の記号との相対的な関係のみから決定されるという考え方に基づく。
このような意味であれば、辞書で指定可能であり、
概念をもつ認知主体の存在や経験と無関係に言葉に対して一意に定めることができる。
統語論的意味論から創発的意味論へ
統語論的な「意味」は「言語」を工学的に扱うための近似手法としては認められるが、
記号の意味とは記号間の諸関係のみであるという主張は退けられるべき。
言葉は言葉を使って統語論的に意味づけしきることはできず、
〈客観的な正しい意味〉は存在しない。
言葉や記号の意味は個人の環境認識や、
コミュニケーションを通してボトムアップに形成されるものであり、創発的な存在である。
認知的閉じと環世界
私たちは記号的認識を行う際に、形成した概念や文脈を用いる必要があるが、認知的に閉じているがゆえに、それらに関する知識すら 「認知的な閉じ」の中で獲得しなければならない。
人間は自らが閉じた認知の中で構成した概念や解釈の仕方にもとづき、環境情報を読み取って、自らの環世界を自ら変化させる。
システムはモデルであり、視座である。
同じ物質的対象についてもそれをシステムとして捉える際には、
何を構成要素として捉えるかは理論によって異なって構わない。
システムという概念はそれ自体がモデルであり、物事の捉え方である。
ミクロマクロループと創発システム
自然界に存在する多くの生命的なシステムでは構成素が自律的に 作動する。
その相互作用は基本的には局所的であるが、各局所的な相互作用が、完全に独立して生じているわけではない。
お互いの相互作用を通じて情報が伝播し、各要素が適応・学習することで、
互いに対する力学的、生化学的、もしくは情報論的な制約が生まれる。
ミクロマクロループとは?
システムの構成要素間の局所的な相互作用を通じて大域的な秩序がボトムアップ的に発現し、
そうして生成された大域的な秩序が境界条件として、
要素間の局所的相互作用をトップダウン的に支配する双方向の過程。
創発とは、ミクロマクロループがシステムに新しい機能、形質、行動などの獲得をもたらすことを 意味する。
そして、このような創発現象が内在しつづけるシステムを創発システムと呼ぶ。
ボトムアップな秩序の創発
人間の内的な記号系は、環境との相互作用を通じてボトムアップで形成され、
自律適応系と環境との相互作用による概念形成を「記号創発」と呼んでいる。
この過程では、自己閉鎖性が前提.
他者からの意味の教示は直接的に行われず、
環境変数への働きかけを通じて行われる。
アフォーダンス
ギブソンのアフォーダンス理論は、対象認識において身体に基づいた行為可能性の重要性を説いている。
アフォーダンスは「~できる、~を与える」というアフォード (afford) という英語の動詞の名詞化。
生態学的認識論を展開したギブソンが生みだした言葉で、
〈環境が動物に提供する「価値」〉のことである。
アフォーダンスとは環境が動物に与えるために備えているものである。
事物の物理的な性質ではない。それは「動物にとっての環境の性質」である。
アフォーダンスは 知覚者の主観が構成するものでもない。
それは環境の中に実在する、知覚者にとって価値のある情報である。
*当然知覚者ごとに「価値」は異なる。
環境とは物理的環境という意味ではなく、
自らの感覚運動器としての身体を通して構築された環世界としての環境を指す 。
この議論の文脈において重要なことは、
行為者の身体や行為系に依存して主体の環境認識が変化するということ。
感覚系ではなく、行為系に環境認識が依存するということが重要。
身体性
記号の意味を考える際には、閉じた形式的な意味の世界である意味ネットワークが存在する。
この意味ネットワークは実世界から切り離された記号間の関係性だけを考慮する。
対して、実世界に存在する身体に記号の意味を関連付けなくてはならない。
これは意味ネットワークにはない「身体性」という概念を導入することを意味する。
「身体性」とは身体を持つことによる特性を指す学術用語であり、
認知科学、ロボティクス、社会学などの領域で重要なキーワード。
1.動力学に関わる身体性
ファイファーの身体性認知科学やロボティクスで重要視される。
身体を持つことで機構系の力学的特性が運動や知的な振る舞いに寄与し、自動的な制御が行われる。
2.情報に関わる身体性
身体を持つことで知能が外部世界と情報の関係性を持つことができる。
身体は実世界と知能の認識世界のインタフェースとなる。
3.社会性に関わる身体性
身体を持つことによってコミュニケーションにおける社会的な存在感が生まれる。
本書では主に情報に関わる身体性を扱う。
すなわち能動的推論
身体性がなければ知能は実世界を経験できない、経験がなければ知能は発展しない。
身体を持つことによって知能は自らの認識領域、つまり環世界を形成する。
記号の恣意性
ソシュールは二つの恣意性を指摘しました。
一つは言語が現実世界をカテゴリ化する際の恣意性であり、もう一つはそれに対するラベル付けの恣意性です。
カテゴリの境界やラベル付けが恣意的に設定されることを意味しています。
しかし、丸山はこの解釈を誤読だと指摘しています。
恣意性は、非自然性や歴史・社会的な人為性を指す概念です。
言語における分節化やラベル付けは、人間の認識活動に基づいて歴史や社会の中で形成されるものです。
ア・プリオリに行われるのではなく、意味は人間の活動の中で形成されます。
これがソシュールの恣意性の意味です。
ソシュールによれば、恣意性を持つ言語はランガージュというシンボル化能力によって生み出されます。ランガージュは、主体と世界の相互差異化活動を可能にします。このランガージュは、ピアジェのシェマシステムに似ています。
パースは、「記号は対象を表意し、対象について語ることができるだけである」と述べています。記号自体は対象の直接的な知識や認識を提供することはできません。人々の間のコミュニケーションが完全に説明できない理由は、人間の自己閉鎖性によるものです。
熱力学的意味解釈と記号圏としての環世界
1. 温度の異なる物体を接触させると、熱力学の第二法則により最終的には平衡状態になる。
2. コミュニケーションを行うシステムにおいても、意味解釈の平衡状態に達するプロセスについて疑問がある。
3. 自律的な解釈者を前提とした記号論では、情報の送付者や受信機だけではなく、同一の記号圏に埋め込まれる必要があるとされる。
4. 記号圏は、環世界の集合であり、複数の自律システムが同じ記号圏に存在する必要がある。
5. 自律システムは、同じ記号圏に接続することで意味解釈の平衡を得る。
6. シャノン&ウィーバーの情報観だけでは意味解釈を十分に考慮できないため、意味解釈の非平衡状態にとどまる自律適応系を議論する必要がある。
7. コミュニケーションと自律適応系は、自律的な解釈者の存在と意味解釈の平衡状態と関連している。
記号創発と創発システム
自律知が十分な記号過程を担う適応性をもてば、
互いに記号論的相互作用を行うことで協調的に作動 するひとまとまりのシステムが生まれることになる。
このような個体の学習適応過程に支えられ、
ボト ムアップに創発する記号系を媒介にして作動するシステムを記号創発システムと呼ぶ。
記号創発システムは、創発システムの一種。
「創発」とは〜
「要素間の局所的な相互作用により大域的挙動が現われ、
その大域的挙動が要素の振る舞いを拘束するという双方向の動的過程を通して、
新しい機能形成や形質、行動を示す秩序が形成されること」
*創発システムの代表的研究者の上田による主張
創発の段階的プロセス
創発の一段階目
要素の振る舞いが存在するとき、
その振る舞いの総和以上のことが現われること。
創発の二段階目
さらにそれが大域的な秩序形成を行い要素の行動を制約するというダイナミクスが
ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンは競争市場における「神の見えざる手」はまさに創発 の好例であると説明する3。 創発システムの例
神経システム
生物システム
生態システム
経済システム
本書ではこれらに加え、私たち人間が日常的に行っているコミュニケーションのシステムも、創発システムとしている。
自律適応系による創発
まず、記号はシェマシステムに支えられた各自律適応系の環境や他者との相互作用の結果、創発現象 により生じたものととらえることができる。
自律適応系が集団で環境適応を行うとき、環境や他者との 協調を深化させる中で徐々に記号の利用が始まる。
コミュニケーションのためのサインの設計とその解釈系の共有、それらを用いた共同作業といった記号論的相互作用を支える諸々のプロセスは自律適応系が組織や環境から切り離された状態では発生しえない。
記号論的相互作用自体が相互作用に 基づく創発的な現象であるといえる。ここでの創発は一段階目のものにすぎず、記号創発システムとし 理解するためにはさらに記号系による拘束、制約形成を理解しなければならない。
記号系は先に示し たように発話者や解釈者の行動を制約するようになり、それゆえに情報の伝達を各行動主体の環境適応 能力のもとで可能にする。
記号系による制約
前提
記号は原理的には発話者が自由かつ恣意的に設計し解釈者が自由に解釈することが可能
システム論的には設計した直後から記号論的相互作用特有の制約が生じる。
制約は、自己閉鎖的な自律適応系が記号過程によりコミュニケーションを行えることと表裏一体である。
その制約について説明したい。
記号過程は習慣による面が大きい。
記号過程は習慣による影響が大きいことが示唆されている。
例えば、犬にラッパの音の意味を教えると、犬はラッパの音を聞くとエサを連想するようになる。
しかし、このような意味ある記号を犬に見いださせるには、習慣を秩序立てて形成する必要がある。
記号を用いたコミュニケーションの実現制約についての要約:
1. 記号を設計する側は同じ状況とサインの下で一貫した行動を選択する必要がある。
2. 解釈者の不確実性を低く抑えるためには、状況と行動、行動とサインの関係性を明確にすることが重要である。
3. リーダーの一貫した行動によってフォロワーは学習し、意味を見いだしやすい存在になる。
4. 共同作業ではリーダーの行動も制約される必要があり、フォロワーが理解しづらい行動はパフォーマンスの低下につながる。
5. 記号性を持ったリーダーの行動は制約を受ける。
6. 小さな集団でも記号系による制約が存在し、効果的なコミュニケーションにはその制約に従う必要がある。
7. 個体は自身の環境との齟齬にもかかわらず組織全体の記号系の制約に従うことで組織の優位性を発揮する。
8. 社会集団では共有された記号系が私たちの認識を拘束・制約する。
創発システムとしての記号系の動作
西垣はこのように「コミュニケーション」が継続的再帰的に発生し、
社会的システムが継続的に作動している事実は、「情報の意味が伝達共有されている」ことに等しいととらえた。
発話者や解釈者になりうる自律適応系の自己閉鎖性ゆえに発話は拘束され、作動は制約される。
ポスト構造主義者の主張のように、記号系が共同体内で個人による区別を一方的に決定するとは言えません。
むしろ、記号系は各自律適応系の適応学習能力に支えられた創発的な存在です。
共同体を取り巻く環境が変化し、異なった区別が求められるようになれば、形成される記号系もそれに合わせて変化します。
記号系は自律適応系によってボトムアップに構成され続けるもの
階層的自律コミュニケーションを効果的に行うためには、
自らの環世界における分節との齟齬が生じたとしても組織にわたる記号系が与える制約に従うことによって
はじめて各個体は組織として行動するがゆえの優位性を発揮できるようになる。
活動的解釈項
1. 活動的解釈項は解釈の重要な次元であり、身体的な行為を伴う場合がある。
2. ロボットとの相互作用においても、活動的解釈項は明確に取り扱える。
3. 例えば、家庭用ロボットが「醤油を取ってくれ」と言われた場合、活動的解釈項は「醤油を差し出す行為」となる。
4. ロボットにおける活動的解釈項は、ロボットの行動によって支えられる。
さらに、活動的解釈項を通じた多様性と適応性の重要性についても整理できます。
1. 多様性と適応性を持った解釈項が、適切な記号論的相互作用を実現するために重要である。
2. 活動的解釈項の視点からは、ロボットが行動創発を通じて多様な行動を適応的に獲得することと、人間との記号論的相互作用が密接に関連していることがわかる。
3. ロボットは行動創発を通じて自律適応系としての基礎能力を持ち、自らの見いだした差異構造に基づいて意味づけを繰り返すことが重要である。
4. このような自律適応的な活動が、コミュニケーションにおいて実際に起きている。
シャノン&ウィーバー型のコミュニケーションモデルの限界を乗り越えるための示唆。
1. 構成論的モデルによって、活動的な解釈を表現し、自己閉鎖性を前提にしてもコミュニケーションが可能であることが示された。
2. 他人の頭の中を覗き込む必要はなく、むしろ共通の場に身を置き、環境適応を共有することがコミュニケーションの本質であることが示唆された。
以上が、活動的解釈項とそれに関連する要点の整理です。
構造主義的な記号観
社会集団において共有された記号系が私たちの認識を拘束・制約するという考え方は、
ポスト構造主義においても議論されてきた。
例えば…
私たちのする区別は、
必ずしも私たちの周りの世界によって 与えられるものではなく、
私たちが学習する記号システムが作り出すものではないだろうか?
実際、自らの属する記号圏において、区別されず、ラベルの与えられていない物事を他者に伝達することは、
記号的なコミュニケーションでは不可能だ。その意味では私たちのする区別は記号系による。
創発主義的な記号系
だが、ポスト構造主義者の主張のように、共同体における記号系が個人の行う区別を一方的に決定するとはいえない。
記号系に対する創発的実体としての理解が、記号創発システムである。
記号系はあくまで自律適応系によりボトムアップに構成される。
記号系はあくまで各自律適応系の適応学習能力に支えられ 存在する創発的実体であるという視点こそ重要である。
共同体を取り巻く環境が変わり、各個体や共同体にとってより異なった区別が求められるようになれば、形成される記号系自体も変化していく。
共同体としての記号創発と環境適応ループ
私たちが行う区別は私たちが学習する記号システムに制約を受けるが、逆に私たちの行う区別が記号系を形成もしくは変更するという上位と下位のシ ステム間の絶え間ない相互作用こそ記号創発システムにおける環境適応。
動的環境の条件や組織そのものの構造が変化によって、適切な環世界の分節が変化する。
↓
それを反映する形で記号創発システム全体にとっての適切な記号系もボトムアップに変化する。
↓
記号創発システムの中では記号系がトップダウン且つ,一方向的に構成員の認識を支配するのではなく、
創発システム特有のミクロ・マクロループの中で記号系自身が環境適応的に常に変わり続ける。
生物の環境適応における記号と創発的記号の違い
1. コミュニケーションと記号過程を支えるのは、自律適応系の環境適応能力である。
2. 生物の環境適応を支える生得的な記号と、人間が扱う多くの記号は異なる環境適応能力と時間スケールを持っている。
3. 生物の環境適応は進化論的な能力によって行われ、生存戦略を勝ち取っている。
4. 生得的な記号は環境適応能力によって獲得される。これは遺伝的アルゴリズムとして解釈できる。
5. 生物との相互作用は人間の時間的視点からは物理的相互作用と捉えられることもあるが、
実際には記号論的な相互作用である。
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統語論的意味
記号間の関係性により定義する意味
言葉を言葉で説明する営みが意味ネットワークによる意味づけ。
すなわちソシュール的な言語観
この意味論は、いわば言語の中で記号のもつ価値が、その言語内の他の記号との相対的な関係のみから決定されるという考え方に基づく。
このような意味であれば、辞書で指定可能であり、
概念をもつ認知主体の存在や経験と無関係に言葉に対して一意に定めることができる。
統語論的意味論から創発的意味論へ
統語論的な「意味」は「言語」を工学的に扱うための近似手法としては認められるが、
記号の意味とは記号間の諸関係のみであるという主張は退けられるべき。
言葉は言葉を使って統語論的に意味づけしきることはできず、
〈客観的な正しい意味〉は存在しない。
言葉や記号の意味は個人の環境認識や、
コミュニケーションを通してボトムアップに形成されるものであり、創発的な存在である。
認知的閉じと環世界
私たちは記号的認識を行う際に、形成した概念や文脈を用いる必要があるが、認知的に閉じているがゆえに、それらに関する知識すら 「認知的な閉じ」の中で獲得しなければならない。
人間は自らが閉じた認知の中で構成した概念や解釈の仕方にもとづき、環境情報を読み取って、自らの環世界を自ら変化させる。
システムはモデルであり、視座である。
同じ物質的対象についてもそれをシステムとして捉える際には、
何を構成要素として捉えるかは理論によって異なって構わない。
システムという概念はそれ自体がモデルであり、物事の捉え方である。
ミクロマクロループと創発システム
自然界に存在する多くの生命的なシステムでは構成素が自律的に 作動する。
その相互作用は基本的には局所的であるが、各局所的な相互作用が、完全に独立して生じているわけではない。
お互いの相互作用を通じて情報が伝播し、各要素が適応・学習することで、
互いに対する力学的、生化学的、もしくは情報論的な制約が生まれる。
ミクロマクロループとは?
システムの構成要素間の局所的な相互作用を通じて大域的な秩序がボトムアップ的に発現し、
そうして生成された大域的な秩序が境界条件として、
要素間の局所的相互作用をトップダウン的に支配する双方向の過程。
創発とは、ミクロマクロループがシステムに新しい機能、形質、行動などの獲得をもたらすことを 意味する。
そして、このような創発現象が内在しつづけるシステムを創発システムと呼ぶ。
ボトムアップな秩序の創発
人間の内的な記号系は、環境との相互作用を通じてボトムアップで形成され、
自律適応系と環境との相互作用による概念形成を「記号創発」と呼んでいる。
この過程では、自己閉鎖性が前提.
他者からの意味の教示は直接的に行われず、
環境変数への働きかけを通じて行われる。
アフォーダンス
ギブソンのアフォーダンス理論は、対象認識において身体に基づいた行為可能性の重要性を説いている。
アフォーダンスは「~できる、~を与える」というアフォード (afford) という英語の動詞の名詞化。
生態学的認識論を展開したギブソンが生みだした言葉で、
〈環境が動物に提供する「価値」〉のことである。
アフォーダンスとは環境が動物に与えるために備えているものである。
事物の物理的な性質ではない。それは「動物にとっての環境の性質」である。
アフォーダンスは 知覚者の主観が構成するものでもない。
それは環境の中に実在する、知覚者にとって価値のある情報である。
*当然知覚者ごとに「価値」は異なる。
環境とは物理的環境という意味ではなく、
自らの感覚運動器としての身体を通して構築された環世界としての環境を指す 。
この議論の文脈において重要なことは、
行為者の身体や行為系に依存して主体の環境認識が変化するということ。
感覚系ではなく、行為系に環境認識が依存するということが重要。
身体性
記号の意味を考える際には、閉じた形式的な意味の世界である意味ネットワークが存在する。
この意味ネットワークは実世界から切り離された記号間の関係性だけを考慮する。
対して、実世界に存在する身体に記号の意味を関連付けなくてはならない。
これは意味ネットワークにはない「身体性」という概念を導入することを意味する。
「身体性」とは身体を持つことによる特性を指す学術用語であり、
認知科学、ロボティクス、社会学などの領域で重要なキーワード。
1.動力学に関わる身体性
ファイファーの身体性認知科学やロボティクスで重要視される。
身体を持つことで機構系の力学的特性が運動や知的な振る舞いに寄与し、自動的な制御が行われる。
2.情報に関わる身体性
身体を持つことで知能が外部世界と情報の関係性を持つことができる。
身体は実世界と知能の認識世界のインタフェースとなる。
3.社会性に関わる身体性
身体を持つことによってコミュニケーションにおける社会的な存在感が生まれる。
本書では主に情報に関わる身体性を扱う。
すなわち能動的推論
身体性がなければ知能は実世界を経験できない、経験がなければ知能は発展しない。
身体を持つことによって知能は自らの認識領域、つまり環世界を形成する。
記号の恣意性
ソシュールは二つの恣意性を指摘しました。
一つは言語が現実世界をカテゴリ化する際の恣意性であり、もう一つはそれに対するラベル付けの恣意性です。
カテゴリの境界やラベル付けが恣意的に設定されることを意味しています。
しかし、丸山はこの解釈を誤読だと指摘しています。
恣意性は、非自然性や歴史・社会的な人為性を指す概念です。
言語における分節化やラベル付けは、人間の認識活動に基づいて歴史や社会の中で形成されるものです。
ア・プリオリに行われるのではなく、意味は人間の活動の中で形成されます。
これがソシュールの恣意性の意味です。
ソシュールによれば、恣意性を持つ言語はランガージュというシンボル化能力によって生み出されます。ランガージュは、主体と世界の相互差異化活動を可能にします。このランガージュは、ピアジェのシェマシステムに似ています。
パースは、「記号は対象を表意し、対象について語ることができるだけである」と述べています。記号自体は対象の直接的な知識や認識を提供することはできません。人々の間のコミュニケーションが完全に説明できない理由は、人間の自己閉鎖性によるものです。
熱力学的意味解釈と記号圏としての環世界
1. 温度の異なる物体を接触させると、熱力学の第二法則により最終的には平衡状態になる。
2. コミュニケーションを行うシステムにおいても、意味解釈の平衡状態に達するプロセスについて疑問がある。
3. 自律的な解釈者を前提とした記号論では、情報の送付者や受信機だけではなく、同一の記号圏に埋め込まれる必要があるとされる。
4. 記号圏は、環世界の集合であり、複数の自律システムが同じ記号圏に存在する必要がある。
5. 自律システムは、同じ記号圏に接続することで意味解釈の平衡を得る。
6. シャノン&ウィーバーの情報観だけでは意味解釈を十分に考慮できないため、意味解釈の非平衡状態にとどまる自律適応系を議論する必要がある。
7. コミュニケーションと自律適応系は、自律的な解釈者の存在と意味解釈の平衡状態と関連している。
記号創発と創発システム
自律知が十分な記号過程を担う適応性をもてば、
互いに記号論的相互作用を行うことで協調的に作動 するひとまとまりのシステムが生まれることになる。
このような個体の学習適応過程に支えられ、
ボト ムアップに創発する記号系を媒介にして作動するシステムを記号創発システムと呼ぶ。
記号創発システムは、創発システムの一種。
「創発」とは〜
「要素間の局所的な相互作用により大域的挙動が現われ、
その大域的挙動が要素の振る舞いを拘束するという双方向の動的過程を通して、
新しい機能形成や形質、行動を示す秩序が形成されること」
*創発システムの代表的研究者の上田による主張
創発の段階的プロセス
創発の一段階目
要素の振る舞いが存在するとき、
その振る舞いの総和以上のことが現われること。
創発の二段階目
さらにそれが大域的な秩序形成を行い要素の行動を制約するというダイナミクスが
ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンは競争市場における「神の見えざる手」はまさに創発 の好例であると説明する3。 創発システムの例
神経システム
生物システム
生態システム
経済システム
本書ではこれらに加え、私たち人間が日常的に行っているコミュニケーションのシステムも、創発システムとしている。
自律適応系による創発
まず、記号はシェマシステムに支えられた各自律適応系の環境や他者との相互作用の結果、創発現象 により生じたものととらえることができる。
自律適応系が集団で環境適応を行うとき、環境や他者との 協調を深化させる中で徐々に記号の利用が始まる。
コミュニケーションのためのサインの設計とその解釈系の共有、それらを用いた共同作業といった記号論的相互作用を支える諸々のプロセスは自律適応系が組織や環境から切り離された状態では発生しえない。
記号論的相互作用自体が相互作用に 基づく創発的な現象であるといえる。ここでの創発は一段階目のものにすぎず、記号創発システムとし 理解するためにはさらに記号系による拘束、制約形成を理解しなければならない。
記号系は先に示し たように発話者や解釈者の行動を制約するようになり、それゆえに情報の伝達を各行動主体の環境適応 能力のもとで可能にする。
記号系による制約
前提
記号は原理的には発話者が自由かつ恣意的に設計し解釈者が自由に解釈することが可能
システム論的には設計した直後から記号論的相互作用特有の制約が生じる。
制約は、自己閉鎖的な自律適応系が記号過程によりコミュニケーションを行えることと表裏一体である。
その制約について説明したい。
記号過程は習慣による面が大きい。
記号過程は習慣による影響が大きいことが示唆されている。
例えば、犬にラッパの音の意味を教えると、犬はラッパの音を聞くとエサを連想するようになる。
しかし、このような意味ある記号を犬に見いださせるには、習慣を秩序立てて形成する必要がある。
記号を用いたコミュニケーションの実現制約についての要約:
1. 記号を設計する側は同じ状況とサインの下で一貫した行動を選択する必要がある。
2. 解釈者の不確実性を低く抑えるためには、状況と行動、行動とサインの関係性を明確にすることが重要である。
3. リーダーの一貫した行動によってフォロワーは学習し、意味を見いだしやすい存在になる。
4. 共同作業ではリーダーの行動も制約される必要があり、フォロワーが理解しづらい行動はパフォーマンスの低下につながる。
5. 記号性を持ったリーダーの行動は制約を受ける。
6. 小さな集団でも記号系による制約が存在し、効果的なコミュニケーションにはその制約に従う必要がある。
7. 個体は自身の環境との齟齬にもかかわらず組織全体の記号系の制約に従うことで組織の優位性を発揮する。
8. 社会集団では共有された記号系が私たちの認識を拘束・制約する。
創発システムとしての記号系の動作
西垣はこのように「コミュニケーション」が継続的再帰的に発生し、
社会的システムが継続的に作動している事実は、「情報の意味が伝達共有されている」ことに等しいととらえた。
発話者や解釈者になりうる自律適応系の自己閉鎖性ゆえに発話は拘束され、作動は制約される。
ポスト構造主義者の主張のように、記号系が共同体内で個人による区別を一方的に決定するとは言えません。
むしろ、記号系は各自律適応系の適応学習能力に支えられた創発的な存在です。
共同体を取り巻く環境が変化し、異なった区別が求められるようになれば、形成される記号系もそれに合わせて変化します。
記号系は自律適応系によってボトムアップに構成され続けるもの
階層的自律コミュニケーションを効果的に行うためには、
自らの環世界における分節との齟齬が生じたとしても組織にわたる記号系が与える制約に従うことによって
はじめて各個体は組織として行動するがゆえの優位性を発揮できるようになる。
活動的解釈項
1. 活動的解釈項は解釈の重要な次元であり、身体的な行為を伴う場合がある。
2. ロボットとの相互作用においても、活動的解釈項は明確に取り扱える。
3. 例えば、家庭用ロボットが「醤油を取ってくれ」と言われた場合、活動的解釈項は「醤油を差し出す行為」となる。
4. ロボットにおける活動的解釈項は、ロボットの行動によって支えられる。
さらに、活動的解釈項を通じた多様性と適応性の重要性についても整理できます。
1. 多様性と適応性を持った解釈項が、適切な記号論的相互作用を実現するために重要である。
2. 活動的解釈項の視点からは、ロボットが行動創発を通じて多様な行動を適応的に獲得することと、人間との記号論的相互作用が密接に関連していることがわかる。
3. ロボットは行動創発を通じて自律適応系としての基礎能力を持ち、自らの見いだした差異構造に基づいて意味づけを繰り返すことが重要である。
4. このような自律適応的な活動が、コミュニケーションにおいて実際に起きている。
シャノン&ウィーバー型のコミュニケーションモデルの限界を乗り越えるための示唆。
1. 構成論的モデルによって、活動的な解釈を表現し、自己閉鎖性を前提にしてもコミュニケーションが可能であることが示された。
2. 他人の頭の中を覗き込む必要はなく、むしろ共通の場に身を置き、環境適応を共有することがコミュニケーションの本質であることが示唆された。
以上が、活動的解釈項とそれに関連する要点の整理です。
構造主義的な記号観
社会集団において共有された記号系が私たちの認識を拘束・制約するという考え方は、
ポスト構造主義においても議論されてきた。
例えば…
私たちのする区別は、
必ずしも私たちの周りの世界によって 与えられるものではなく、
私たちが学習する記号システムが作り出すものではないだろうか?
実際、自らの属する記号圏において、区別されず、ラベルの与えられていない物事を他者に伝達することは、
記号的なコミュニケーションでは不可能だ。その意味では私たちのする区別は記号系による。
創発主義的な記号系
だが、ポスト構造主義者の主張のように、共同体における記号系が個人の行う区別を一方的に決定するとはいえない。
記号系に対する創発的実体としての理解が、記号創発システムである。
記号系はあくまで自律適応系によりボトムアップに構成される。
記号系はあくまで各自律適応系の適応学習能力に支えられ 存在する創発的実体であるという視点こそ重要である。
共同体を取り巻く環境が変わり、各個体や共同体にとってより異なった区別が求められるようになれば、形成される記号系自体も変化していく。
共同体としての記号創発と環境適応ループ
私たちが行う区別は私たちが学習する記号システムに制約を受けるが、逆に私たちの行う区別が記号系を形成もしくは変更するという上位と下位のシ ステム間の絶え間ない相互作用こそ記号創発システムにおける環境適応。
動的環境の条件や組織そのものの構造が変化によって、適切な環世界の分節が変化する。
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それを反映する形で記号創発システム全体にとっての適切な記号系もボトムアップに変化する。
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記号創発システムの中では記号系がトップダウン且つ,一方向的に構成員の認識を支配するのではなく、
創発システム特有のミクロ・マクロループの中で記号系自身が環境適応的に常に変わり続ける。
生物の環境適応における記号と創発的記号の違い
1. コミュニケーションと記号過程を支えるのは、自律適応系の環境適応能力である。
2. 生物の環境適応を支える生得的な記号と、人間が扱う多くの記号は異なる環境適応能力と時間スケールを持っている。
3. 生物の環境適応は進化論的な能力によって行われ、生存戦略を勝ち取っている。
4. 生得的な記号は環境適応能力によって獲得される。これは遺伝的アルゴリズムとして解釈できる。
5. 生物との相互作用は人間の時間的視点からは物理的相互作用と捉えられることもあるが、
実際には記号論的な相互作用である。