ハルトの成人の日
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光る魚の群れがハルトを取り囲むように泳ぐ。海の静かな音と、都市の生命が共鳴する瞬間だ。父からの14番目の贈り物は、特別だった。
「このホログラムは――」ハルトがホログラムへの感動を味わうのを見届けてから、ケンジは語りだした。
「あぁ、それはクリオネだよ。このあたりでは珍しい」
「父さんが見つけた」
「そうだな。このあたりでは俺が初めて見つけて、生態情報に登録した。こいつの粘液網を生成する基礎コードも開発した。まだあまり応用されてないけどな」
クリオネは涼しい顔をして漂っている。グロテスクで神秘的な「網」を、祝いの場で披露しない分別があるらしい。
「このホログラムが、俺からの最後のプレゼントだな」ケンジが、言いかけた言葉を続ける。「成人おめでとう、ハルト」
「ありがとう、父さん」
「これから、お前も」ややまじめくさった口調で、父が言う。「パブリックなネットワークに接続できるようになる」
「まだ1つだ」息子はあっけらかんという。「ほとんど顔見知りだよ。この街のネットワーク」
「パブリックはパブリックだ」対照的に、父は心配そうだった。「お前も...…まあ、そうだな。もう大人か」
海底都市アクアポリスでは、14歳が成人だ。もちろん、形式的な成人にあまり意味はない。社交的な人間であれば、年齢制限のないネットワークで業績を上げて、望みのネットワークへの参加権を獲得しようとする。一方で、都市のパブリックネットワークにアクセスできたとしても、直ちに他のネットワークにアクセスできるようにはならない。それぞれのネットワークへの参加条件を満たさなければ、参加は認められないのだ。ハルトの父はどちらかというと過保護なほうだった。家族内のプライベートネットワークで、ネットワークでのふるまい方をハルトに教えてきた。
「早く『シーファントムズ』のコアネットワークにアクセスしたいよ」
『シーファントムズ』は、ドローン・ファイトのチーム名だ。「海の幽霊」という名の通り、このチームは高度なステルス技術と迅速な動きで知られている。彼らのドローン技術のうち、重要なものは一般にはプライベートだ。実績を積み重ねていけば、いずれアクセス権を伴う参加が認められる。ハルトはドローンが好きで、特にこのチームが気に入っていた。
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「ネットワーク」はハルトにとって身近なものだが、説明には苦労するだろう。それは社会的な基盤であり、社会そのものであり、インフラであり、身分であり、財布であり、連絡手段であり、家庭であり、職場であり、図書館であり、手であり、足であり、目であり、耳であり、頭であり、場合によっては、心や魂でさえある。
ネットワークは様々な機能を提供する。特に重要なのは、記録と検索、そして再現の機能である。例えば、クリオネのホログラムは、ホログラムを水中投影するコードと、クリオネの映像から生成された視覚的振る舞いモデル、「成人の日」の親子の静かな祝いの場にふさわしいムード(と、ケンジが判断した)モデルなどを組み合わせて、ケンジが作ったものだ。クリオネの映像はケンジの持ち出しだが、モデルの生成はネットワークから得た技術であり、過去に誰かが提供したものである。ネットワークでは、あらゆる創造活動を記録できる。これらは検索可能な状態になり、相応の対価で利用可能である。
ホログラムを贈るというのは、その再現に必要な情報を相手がアクセス可能なネットワークに記録し、その所有権を譲渡する行為である。
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ハルトの思念に対応して、光る魚たちの中を銀色の機体が遊泳し始めた。ハルトの作った、シーファントム・レイダーのクローン・ヴィジョンだ。レイダーが放つ特殊な音波が、クリオネの表面をなぞる。光のクリオネは、それを意に介さなかった。
ハルトは頷きながら言った。「このレイダー、特殊音波で周囲の生物とコミュニケーションできるんだ。だからクリオネたちも怖がらない」
「海洋生物との共生、アクアポリスの理念だな」ケンジは息子の技術を賞賛する。
「ホログラム中の回避運動は自分で作ったのか?」
「いや、ラジコン」ハルトが言うと、レイダーはしばし静止した後、光の粒になって弾けた。「ホログラムは音波じゃ見えないからね」
光の海を舞うクリオネと、銀色のレイダー。二つの世界が交錯する瞬間、ハルトとケンジは、未来への希望を共有していた。
2年後、ハルトは海を出る。