官僚制の脆さ
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まず、官僚制はひとたび完全に実現されると、最も打ち壊しがたい社会組織の一つとなる。官僚制化は支配関係の合理化にとって最高の権力的手段であるだけに、ひとたび貫徹されるとその支配関係はほとんど覆ることがないようなものになる。また、個々の官僚は、自ら編入されている装置からは脱することができなくなる。彼は、機構の存続という全職員の共同利害に結び付けられむつ、自分からは止めることも動かすこともできない、ゆずみなく働き続ける機構の一つの歯車となっているのである。
一方、非支配者のほうも官僚制がひとたび成立するや、これなしにすませることもできず、これを他のものによって取り替えることもできなくなる。専門的訓練・分業的専門家等の要素を計画的に総合化した官僚的支配装置が停止するや、結果するのは混沌であり、非支配者の中から足跡の代用物を求めることは困難となるからである。したがって、行政秩序が破壊された場合その回復は一方では官僚、他方では被支配者層の間に培われてきた従前の秩序に対する従順な服従の態度に訴えることによって行われることになる。
いっさいの国家や政治機構を破壊することがただちに既得権の基礎と支配との廃棄になると考えてバクニーン主義の素朴な発想は、習熟した規範や行政秩序を尊守しようとする人間の態度がたとえ文書が破壊されても存続するものであるということを忘れてるといえよう。 ──
さらにこのことは次のような帰結を招来する。すなわち、官僚制装置はそれに固有の非人格性と相まってこの装置に対する支配権を手に入れた人のためなら、誰のためでも働くようになる、という帰結を招来するのである。官僚制装置は、敵軍にその地方が占領された時でさえ、最高幹部の取り替えだけで、敵の手中でも見事に機能する。その閣僚を完全に官僚的従属関係に組み入れていたビスマルクは、隠退にあたり逆にその官僚たちが天才的な主人の隠退に何の動揺もなく職務を取り続けるのに一驚を喫したものであった。 また、フランスでも第一帝政以来支配者は変わることがあっても、支配装置は一貫してかわらなかった。フランスでは暴力による全く新たな支配装置の創出という意味での古典的な「革命」はもはや起こらず、成功した変革はみな「クーデター」となっていたのである。