【1/4】時代の潮流・まちづくりの動向(テラスタ「02」渡辺斉さん)
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時代の潮流・まちづくりの動向
時代の転換期
今は、まちづくりの転換期を迎えている。
エポックメイキングだったのはローマクラブが「成長の限界」(1972)で、宇宙船地球号はこのままいくとパンクするのではないかと持続可能性な社会を世界のみんなで考えようと警鐘を鳴らしました。そして、人類学者のアルビン・トフラー は「第3の波」(1980)で人類500万年の歴史の中で第一の波として革命的な出来事というのは、農業を生み出して定住した事であり、第二の波が17、18世紀の工業化による産業革命、そして今はおそらくこの次の波が人類に押し寄せていると言っています。トフラーは脱工業化社会という事で工業化の次の社会をどう創造していくのかというテーゼを書いています。
時代はこの前になりますが、先見的な著作だと思うのが、ジェイン・ジェイコブズという女性の「アメリカ大都市の死と生」(1961)です。当時アメリカは車のための町づくりをしてきましたが、このままいくと町がダメになってしまう。もう少し人間のための町づくりをしなければと、いくつかのキーワードを提案しています。他には、レイチェル・カーソンが「沈黙の春」(1962)で地球環境問題を指摘しました。こういった時代のウネリの中で私たちには大きな課題が突きつけられています。
近年は異常気象や地震が多発していますが、1995年に阪神淡路大震災が発生し、中越地震、3.11もありました。地球が荒れてきているのではないでしょうか?この中でどう私たちの暮らしを守っていくのか、それを考えていきたいと思います。
今、人類最大の課題は「持続可能性」という事です。この中で日本の課題は食べ物とエネルギーです。新発田は食の自給率が高い方ですが、日本全体では非常に低く、フランスやアメリカは高い国です。これは安全保障の面でも危ういと思います。
最近、中国では富裕層が1割いると言われていますが、大地の芸術祭をタクシーで回っているのは大概が中国人です。見ているとお金があるなぁと思います。これまで中国の人のタンパク源はほとんど鶏で、続いて豚肉でした。牛肉はあまり食べなかったのですが、今は牛肉の消費が増えています。このため穀物市場が厳しくなってきています。一般的に鶏に必要な穀物の4倍が豚の飼育には必要で、牛肉はその倍。1:4:8だと言われています。これから日本は低価格で飼料を確保する事が難しくなっていくと言われています。
人口減少と幸福
今の時代は東京など都会が大変になり、地方の方が戦略的には面白い時代になるように思う。
人口は世界的には増えていて、74億人を超えました。アジア・インドが増えています。人口増加に食料が対応できるかが課題です。今も年間数万人の子供が餓死しています。
日本は人口減少が課題と言われ、新潟県は30市町村全ての総合計画で人口減少が課題といっている。私は人口減少は課題ではなく現象だと考えています。人口減少で何が問題になるのか、これを深く分析して問題点をあぶり出していくべきです。
江戸末期の日本の農村地帯の美しさが評価されてきています。各藩がそれぞれ特色のある産業を持ち、家並みも美しい。そしてゴミも落ちていなかったと言われています。これが世界的にも評価されてきています。幕末から明治初期は人口が3000万人くらい。今の4分の1です。人々が幸せに暮らしていた。私たちは便利快適を手放すわけにはいかないですが、これを維持しながらも人口が減ってもどうしたら幸せに暮らせるのかという戦略を考えていった方が良いと思います。各市町村も人口減って大変だ大変だ、という前に減った時にどう住民が幸せに暮らせるかを議論するべきだと思います。
人口停滞期の可能性
日本の人口停滞期は歴史的に4回ありました。1度目は縄文期に大変な災害があって人口がかなり減りました。この5千年前くらいの日本には26万人が住んでいました。だいたい新潟以北の東日本に住んでいました、西日本は照葉樹林帯で食べ物が少なかった反面、新潟から北海道にかけてはブナ帯で食料が豊富でした。生物が多様で豊かでした。冬の雪もウサギや熊などを見つけるのに有利でした。現代人ほど雪を苦にしておらず、雪の中で暮らす知恵を身につけていたようです。しかし、この時代に人口減少が起こりました。ただ、文字が残っていないので細かいことはわかりません。文字文化が残っている時代の人口減少は平安中後期と室町と江戸の中後期です。そういう時にどうのような地域が元気かと調べてみると、港町や宿場町や門前町などの人々が交流する場所です。
まちづくりの動向の変化
戦後は、アメリカに徹底的にやられて、そこから復旧復興を目指し、欧米に追いつけ追い越せと経済的豊かさを求めてきました。1980年代になると日本は世界のトップクラスの豊かさを手に入れました。しかしそれで幸せになったかと言うと、そうではなかった。もっと別な価値があるのではないかと、最近は経済的豊かさよりも精神的な豊かさを求めるようになりました。
経済的な面では昭和30年代は3種の神器といって 電気冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビが爆発的に売れて日本の産業を押し上げました。何をすれば良いか明確でした。この次が昭和40年代 は3cと言って カー、クーラー、カラーテレビ。何を作れば、買ってもらえるか明確でした。これが今は多様化しており、行政の役割も変わってきているのではないかと思います。
まちづくりの主体の変化
まちづくりは行政だけでやるものではなく、今は官民協働です。NPOや自主的はボランティアの力がとても強いと実感しています。私は中越地震の復興で13の市町村と関わりましたが、普段から色々なところと交流のある地域は強いですね。すぐにたくさんの人が駆けつけてくれます。例えば十日町には大地の芸術祭のファンの人たちがすぐに駆けつけてくれました。普段の交流が重要です。
戦後の復興期は欧米というモデルがあってモデルを目標に進んでいた時はキャッチアップ型のまちづくりで対応できましたが、これからはオリジナリティーを持ったまちづくりが重要になります。これまでは国が音頭を取ってきたので全国一律の町づくりが進んでしまいました。かつてはどこも特色のある地域性があった。オリジナリティーが求められるということは、これからは地域間競争が厳しくなるでしょう。
中心市街地再生・地域内経済循環の活性化
新潟県の統計で、市民が街中で買い物をする率のデータがあります。新発田市は最も街中で買い物をしない町です。大半が郊外店や新潟市で買い物をしていて、街中で買い物をする割合は5パーセントを切っている。街中を魅力的にしていくかが課題です。
20年前に村上市の岩船の町おこしに関わりました。その成果が都岐沙羅パートナーズセンターとなっています。その時に、岩船の人たちが稼いだお金がどう回っているか調べた。圏域内にはほとんど回っておらず、3割以下でした。地域の人たちが稼いだお金を地域の中で回る仕組みをどう作るかが課題です。これができれば豊かな地域社会になります。
まちづくりのポイントは、どれだけ場所固有の力を出せるかです。場所の歴史の力、土地の自然の力、ここに生きてきた過去の人の営み、今を生きる人、未来を生きる子供達の人の力。この3つの力がとても重要です。これから日本の成熟社会の町づくりでは、分かち合い、助け合いが重要になってきます。経済性・利便性を追求してきた20世紀でしたが、それは必ずしも私たちに幸せをもたらせてくれませんでした。
昔、新発田駅には、高校生が多くたむろしていましたが、今は少なくなりました。この高校生たちがマナーがよくなって挨拶をするようになったり、車椅子の人に手を伸ばして助けたりするといったホスピタリティーが高まると町は魅力的になります。山形県の金山町は子どもたちが感じがとても良い。挨拶をしてくれる。長野県も小布施も同じです。生き生きしている町の良さは子どたちの姿勢にあらわれます。
大地の芸術祭が愛されている理由もホスピタリティーの高さと言われています。「ようこそ来てくれた」と地域の人たちの迎え入れる気持ちは伝わります。
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