リスト
何らかの要素を一列に並べたものが〈リスト〉です。たとえば、タスクを並べたものは〈タスクリスト〉と呼ばれます。Todoを並べたものは、〈Todoリスト〉です。他にもさまざまなバリエーションが存在しています。 リストは、簡単に言えば一覧表ですが、タスク管理の視点で言えば、要素を縦一列に並べたものが〈リスト〉と呼ばれます。原理的には、横一列に並べたものもリストと呼べるはずですが、そうしたものはほとんど見かけません。人間工学的な理由があるのか、ツール的な制約があるのかは現時点では不明です。
このうち複数のアクションの集まりをプロジェクトと定義して挙げることにはそれほど問題ありませんが以下の
求めている結果に集中し、そこに至るプロジェクトを見極める習慣を身につけ(る)
これが難しく感じています。
rashita.iconこれは簡単なことではないと思います
こんがらがった糸を解くような面倒な作業が待っています。
この作業が簡単なのは、「究極の目標・人生の目的に対する次にとるべき(持つべき)目的と価値観」がはっきりしている人だけでしょう。たとえば、どうしても叶えたい夢がある人は、次になにをすべきか(何をすべきでないか)は明白です。が、一般の人はそこまで単一の価値観で動いているわけではなく、複数の価値観を並列して持っているので、あちらを立てればこちらも立たずみたなことになりがちです。
結論から言えば、「次にとるべきプロジェクト」の「べき」感覚はいったんお休みさせて、
できそうなこと
やりたいこと
やったほうがいいかなと思うこと
あたりから選ぶのが現実的だと思います(これだけでも相当な数になるでしょうし)。
その選択は常に失敗を含みますが、それでいいのだと個人的には思います。
そういう選択の失敗を確実に消そうとしたら、自己啓発セミナーとかに帰着しそうです。
つまり、価値観を単純化すれば選択は容易になるが、果たしてそれが求めていることなのだろうか、というのが個人的な問題意識としてあります。
ただ、それはそれとして、「そこに至るプロジェクトを見極めようとする」試みは大切だと思います。
玄武.iconそうですね、個人的には「(次にとる)べき」に一般的な義務的な意味を持たせているより、他にもいろんな選択肢として「次にとる」ものがあることを念頭にして、あえてこれが「(次にとる)べき」と見極めている(他はやらなくていい)ことを認識させるために使っています。
どうしてもそれにしがみつくのではなく、状況に応じて「(次にとる)べき」を捨てて他の「次にとる」ものを選択してもいいんだよ、むしろそうする時もあるんだよ、という上記で倉下さんが書かれている感覚に私も近いです。
ちなみに「べき」については森平訳で読むGTDに書いたとおり、Next ActionをGTD本の中で森平訳は「次の行動」、田口訳で「次にとるべき行動」となっていることから着想を得て、上述のように自分解釈で勝手に使い分けています。 rashita.icon話がずれますが、日本語の「べき」って人によってはかなり強く捉えられるので、誤解を与えやすい表現だなと最近よく思います。
そしてリストは続くよ、どこまでも…
目標とゴールに対する次にとるべき重点的に取り組む分野
重点的に取り組む分野のリスト
ビジョン(構想)に対する次にとるべき目標とゴール
目標とゴールのリスト
目的と価値観に対する次にとるべき(みるべき)ビジョン(構想)
ビジョン(構想)のリスト
究極の目標・人生の目的に対する次にとるべき(持つべき)目的と価値観
(究極の目標と人生の目的を含めた)目的と価値観のリスト
トップダウンで考えるとやたら難しく思えますが、ボトムアップで考えるとまた少し違ってくる気もします。
トップダウンで考えると空を掴むような感覚ですがGTD本が勧めるようにボトムアップでのアプローチをすると階層間を包含関係で考えることになるので、少しは地に足がついたように思えます。
ここからスタートするのが個人的にはいいかなと思っています。
takahrt.icon ふーむ。倉下さんが書かれている、自己啓発セミナーや、あるいはコーチングを受けられる機会などがあれば、意外と突破口になるかも知れませんね
自己啓発セミナーと聞くとうさんくさい感じもありますが、ちゃんとしたルーツがあって、多くの参加者が喜んでいるようなものを選べば良いものと出会えるのではないでしょうか。むしろ高いお金を取るからしっかり教えてくれるという見方もできます。
私は「7つの習慣」、フランクリン・コヴィー社のセミナーを受講したことがあります。目的や価値観を書き記すアクションもあったかと記憶してます。
rashita.icon目的や価値観を書き出すという行為にある効能は大切だと僕も思いますが、基本的にああいうセミナーは(確率的に)地雷が多いので、あまりオススメしたくはありません。あと、仮に良いセミナーであっても、あまり良くないセミナーに誘い込もうとしている人たちもいるので、その辺も危ういです。
何回も通うとかではなく、目的とか価値観などを書き出したことがない人が、一度体験してみる、くらいの利用方法ならば、まあ弊害は少ないかな、と思えるくらいです。
ちなみに僕は、facebookなどで、実際にあまりよくないセミナーに大金を突っ込んでいる人をよく見ているので、上記のような心配をいつもしています。