最高善
御子柴善之『自分で考える勇気 : カント哲学入門』
p.32
最上善と最高善
2章「『自由』なくして善悪なし」
『純粋理性批判』を読む
pp.28 - 34
1. 〈いちばん善いこと〉よりももっと善いこと
「考えること」と日常を生きること
〈なにかのためによい〉
〈いちばん善いこと〉 —— 最上善
注釈「最上善と最高善」
p.32
「いつでもそれ自身として望ましく、他の何事かのために望ましいものではないもの」(アリストテレス『ニコマコス倫理学』)について、
アリストテレスは、それを「最高善」と呼び、それは「幸福」であると主張しました。
他方、カントは、それを「最上善」と呼び、それは「道徳的な善を実現すること」「道徳性」であると主張しました。
カントの場合、このような「最上善」に「幸福」を加えて考えることで「最高善」という完全な善が思い描かれると考えます。
こうした整理において重要なのは、アリストテレスとカントでは同じ「幸福」という言葉を用いても、その意味が大きく異なることです。
カントの言う「最高善」とは