日記の練習
日記の練習
くどうさんによる4月の「日記の練習」は5月の初めに公開予定です。そしてそれをもとにした4月の「日記の本番」は5月上旬に公開予定です。以降、同じペースで毎月連載の予定です。 日記の練習
日記の本番
日記を書き続けるようになると、大事でないことから書き残されることが増えておもしろい。どこかへ行ったとか、何を食べたとか、他人から「きのうはどんな日だった?」と尋ねられて答えるようなことをわたしはあまり日記に書かない。覚えていられることは書かなくていい、だって覚えているのだから!
覚えていられることは書かなくていい、だって覚えているのだから!
たくさん書いていると、たくさんおもしろいことが見つかるだけなのに。おもしろいから書くのではない、書いているからどんどんおもしろいことが増えるのだ。
(この人は日記を「続けるもの」と思っているのだな)と思って、(続く日記なんてなにもおもしろくないのに)と思う。
この人は日記を「続けるもの」と思っているのだな
続く日記なんてなにもおもしろくないのに
わたしは日記を書いていると得意げに言うわりに、毎日欠かさずに書こうと思ったことは一度もない。一文字も書かない日が数週間続くこともあれば、思い立ったように連日四千字くらい書くこともある。ブログサイトを構えて書くこともあれば、ワードを開いて書いたり、ツイッターの下書きにとにかく長文で下書き保存しておいたりしている。だから消えたりなくしたりもする。わたしの十年以上の日記はもう一本化して読み直すことはできない。
わたしの十年以上の日記はもう一本化して読み直すことはできない
わたしにとって日記は「日々の記録」ではない。「日々を記録しようと思った自分の記録」だ。できる日とできない日があり、その緩急が私
日記は「日々の記録」ではない。「日々を記録しようと思った自分の記録」だ
生きている限り、日記に挫折した人生は続いている。あなたの日記は挫折したまま、もしくは一度も書かれないまま続く。もし余白が本当にいやなら自分で書くしかない。あなたの日記はすでに開かれている。
いやなら自分で書くしかない。あなたの日記はすでに開かれている