ナザレのイエス
田川氏は新約聖書の、ギリシャ語にこだわる。後世の加筆はもちろん、初期教会の信仰が膨らませた記述もそぎ落とし、ナザレのイエスの、人間としてのあるがままを見据える。イエスを「神の子」に祀(まつ)りあげるのは偶像崇拝ではないか。こう考える田川氏の聖書の本文解釈は、徹底して科学的である。 訳語もあえて、直訳を選択する。著者らは必ずしもギリシャ語が上手でなかった。たとえばマルコは、「そして」で文を繋(つな)いでいく。ヘブライ語の語法そのままである。これを流暢(りゅうちょう)に訳しすぎると、誤訳を誘発する。素朴なままがよいのだ。
史的イエスとは、イエスについてキリスト教信仰の観点とは無関係に、史料批判など歴史学的な手法を用いて探究される歴史上の人物像のことである。