エリザベス・アンスコムと石黒ひで
一九九一年冬のケンブリッジ、学期に三回ほど夜八時過ぎに開かれる古典学部Bクラブの講演会は、古いカレッジの薄暗い一室に椅子を並べて、二〇人ほどの聴衆がマデイラワインを片手に西洋古代哲学の最先端の発表を聞いて議論する。日本から来たばかりの大学院生としてかぶり付いていた私は、よく最前列にお年寄りのカップルが席をとっているのに気づいた。男性はがっちりした農夫のような体格で、二人並ぶとだいぶ大きく見えた。小柄なお婆さんは時折ギリシア語かラテン語の片句を交えたおかしな質問をした。奇妙な思いでいたら、ある時、司会者が「エリ(・)ザベース」と最大限の尊敬を込めて呼びかけたのを聞き、私ははたと気づいた。アンスコム女史、隣にいるのがピーター・ギーチ氏であった。