観察することと解釈することを分ける
from 2022/07
観察することと解釈することを分ける
エピクテトス
ブログ: 本の要約 – エルケ・ヴィスによるすべてを知る方法
4. 観察することと解釈することを分ける
観察することと解釈することは全く違います。私たちは普段、観察に判断を加えています。例えば、「エヴァンはシャツにアイロンが必要だ」と言う単純な観察から始めることができます。これは、「エヴァンはだらしのない人だ」と言う別の考えにつながります。そして、「実は、彼は怠け者で、整理整頓ができない人だ」とも考えられます。その代わりに、私たちは「エヴァンはシャツにしわがある」という1つの観察をしたことを認識しておく必要があります。私たちは、可能な限り判断を保留し、そうでない場合は、自分の判断に注意しなければなりません。これは新しい概念ではありません。かなり以前にエピクテトスはこう言っています。
観察することと解釈することを分ける
可能な限り判断を保留し、そうでない場合は、自分の判断に注意する
「エヴァンは怠け者で、整理整頓ができない人だ」
「エヴァンはシャツにしわがある」
「もし、人がすばやく洗うなら、その人がひどく洗うとは言わずに、すばやく洗うと言いなさい。もし、人がぶどう酒をたくさん飲むなら、その人がひどく飲むとは言わず、たくさん飲むと言いなさい。どのような判断がその人を促すかを決めるまでは、その人が悪い行いをすることをどうやって知ることができるのか? もし、あなたが私の言うとおりにすれば、あなたは自分の不安な印象に同意することになり、それ以外のものには同意しないでしょう。」
もし、人がぶどう酒をたくさん飲むなら、その人がひどく飲むとは言わず、たくさん飲むと言いなさい
https://ja.wikipedia.org/wiki/エピクテトス
エピクテトス自身は著作を残さなかったが、(後にアレクサンドロス3世の伝記などを著した)アッリアノスが若い頃エピクテトスの下で学んだとき、エピクテトスが話すのを「できるだけそのままの言葉で」書き留めたものが『語録』として広まった。また、アッリアノスは『語録』から要点をまとめたものも残しており、それは『提要(エンケイリディオン)』と呼ばれている。日本語では、次の本に現存する『語録』と『断片』(エピクテトスへの言及を集めたもの)と『提要』がまとめられている。
人生談義
その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。