ホッブズ リヴァイアサン (有斐閣新書) 「ホッブズ研究のために —— 文献案内」
ホッブズ リヴァイアサン (有斐閣新書) 「ホッブズ研究のために —— 文献案内」
pp.175-
以下、番号は段落番号を示す〔書籍上には番号の記載はない〕
1
さらにすすんでホッブズを研究しようと考えられる読者のために、主要な文献についての案内をしておきたい
2
『リヴァイアサン』
英文版と邦訳版について
水田洋 訳「リヴァイアサン」〈全2冊〉 岩波文庫 (1954, 1964)
水田洋、田中浩 訳「リヴァイアサン〈国家論〉」『世界の大思想13』河出書房新社 (1966)
永井道雄、宗片邦義 訳「リヴァイアサン」『世界の名著23』中央公論社 (1971)
3
〔この本の出版時 1978年〕このうち『世界の大思想』版が、ただ一つの全訳版であり、また学問的に信頼のできる優れた訳である。他の二つは第3部と第4部については抄訳である。
現、岩波文庫版『リヴァイアサン』の第1部と第2部が改訳されている理由が、ここで判明した
先に第1部と第2部が翻訳され、後に第3部と第4部が翻訳され、それに合わせて先の2冊が改訳されている
図書館の司書の方も、よく分かっていなかった
リヴァイアサン#664c14a4b30c010000726ae1
リヴァイアサン 第1 (岩波文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館 (1954)
リヴァイアサン 1 改訳 (岩波文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館 (1992)
リヴァイアサン 第2 (岩波文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館 (1964)
リヴァイアサン 2 改訳 (岩波文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館 (1992)
リヴァイアサン 3 (岩波文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館 (1982)
リヴァイアサン 4 (岩波文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館 (1985)
日本における『リヴァイアサン』の受容については『世界の大思想』版の訳者解説に詳しい
4
〔ホッブズの主要な著作について〕
ホッブズの他〔『リヴァイアサン』以外〕の主要な著作の基本テクストを執筆年代順にあげる
5
『法学原理』
1650年に二部に分けて出版された『法学原理』は、すでに1640年に手稿のかたちで出廻っており、それがにちにテニエスのテクスト・クリティークをへて公刊された
テニエス
Ferdinand Tönnies - Wikipedia
テクスト・クリティーク
https://ja.wikipedia.org/wiki/本文批評
本文批評(ほんもんひひょう、独: Textkritik、英: textual criticism、仏: critique textuelle)とは、ある文書の現存する写本や古刊本から、理論的に可能な限り、その文書の元来の形(英: Archetype)の再構成を目指す作業のこと。その手段となるのが、書誌学や文献学である。英米には、本文批評と書誌学を一体にした「本文書誌学」(Textual Bibliography)が存在する。なお、本文批評は本文批判、正文批判(正文批評)、テキスト批判(テキスト批評)、下等批判(下等批評、下層批判、lower criticism) とも呼ばれる。
Textual criticism - Wikipedia
6
『市民論』
『政府と社会に関する哲学原理』と題されたホッブズ自身の手による英語版がある
7
『物体論』
ホッブズによる決定版と認められた英語版がある
いずれの書籍もラテン語によって記された
8
『人間論』
しかし『人間論』にはそのような英語版が存在しない
9
『ビヒモス』および『イングランドにおける哲学者と慣習法の学徒との対話』
10
〔ホッブズ研究の主要な動向〕
p.178
最近のホッブズ研究の主要な動向を概観しておこう。およそ偉大な思想といわれるものについては常にそうであるように、ホッブズのそれについても、きわめて多様な解釈がなされている。
〔最近: この書籍が出版された当時、1978年頃〕
しかし彼の政治理論に限っていえば、解釈上の差異は、結局のところ、その近代的性格を強調するか、あるいはその伝統的性格を強調するかに帰着するように思われる。
そしてこの基本的性格づけに、学問の方法と体系の問題が絡み合っているのである。
11
かつてはホッブズの政治理論の革新性を疑う者はほとんどいなかった。彼がアリストテレス=スコラ的伝統に対する批判者であることは、彼自らの認めるところであったし、また同時代人の多くが認めるところでもあったのであるからである。
〔ジョン・ボウル、サミュエル・ミンツの研究〕
われわれは、 ジョン・ボウル John Bowle "Hobbes and His Critics" 〔『ホッブズとその批判者たち —— 17世紀立憲主義の一研究〕(1951) と サミュエル・ミンツ Samuel I. Mintz "The Hunting of Leviathan" 〔『リヴァイアサン狩り —— トマス・ホッブズの唯物論と道徳哲学に対する17世紀の反発〕(1962) の二つの研究によって、ホッブズの同時代人たちが彼の思想をどのように受け止めていたのかを知ることができる。
副題が示すように前者はホッブズの政治理論、後者はその哲学的立場に対する批判を主として扱っているが、そこに現れるのは、概ね、世俗的で反キリスト教的な唯物論者・決定論者としてのホッブズである。
12
実際、ホッブズ自身も、物体の運動を第一原理とする、自然哲学から心理学へ、さらには政治理論へと至る演繹的構成としての哲学体系を意図し、そのことによって全く新たな政治哲学の創建者たろうとしたのであった。
したがって、彼の政治理論が利己主義的な心理学〔ときに、運動の理論〕に基礎づけられていると考えることは、彼自身の明言された意図に則した解釈であったのである。
〔レズリー・スティーヴン、リチャード・ピーターズの研究〕
そうした立場での研究としてはレズリー・スティーヴン Sir Leslie Stephen "Hobbes" (1904) やリチャード・ピーターズ Richard Peters "Hobbes" (1956) などをあげることができる。とくに後者は、ホッブズ哲学の全体を包括的に理解するのに有益である。
13
ところでこうした仕方での解釈によって示されるホッブズの政治理論の近代性は、それが自然法思想の伝統のなかに置かれて見られるとき、もっとも顕著とあるであろう。
つまり、ホッブズの自然法は、なによりも人間に自己保存のためになすべきことを教える、理性による深慮の格率であって、超越的な道徳原理という伝統的な意味での自然法とは異なると理解されるのである。
〔テーラー=ウォーレンダー命題〕
ところがそうした解釈に対して、ホッブズの政治理論は伝統的な自然法思想に属するものであるという有力な主張がなされることになった。それがハワード・ウォーレンダー Howard Warender "The Political Philosophy of Hobbes" (1957) であった。
彼によれば、人間は、神の命令である自然法によって義務づけられる。それは道徳的義務であって、その根拠は神の意志である。しばしばその主張が「テーラー=ウォーレンダー命題」と称されるように、A.E.テーラー A. E. Tyalor "The Ethical Doctrine of Hobbes" (1938) という論文に触発されたものであった。
テーラーの主張の眼目は、ホッブズの倫理的教義は、その心理学的利己主義とはなんら必然的結びつきももたない、カント的な意味での厳密な義務論である、ということにあった。
ウォーレンダーは、この心理学と倫理・政治理論との二元化を踏襲する。つまり彼は、ホッブズの理論の中に、なぜ人は義務を成し得るかを示す動機の体系と、なぜ人は義務を成すべきかを示す義務の体系とを区別して、後者に義務の根拠としての神の意志を見出し、前者から引き出される自己保存の欲望をその有効化条件とするのである。
14
こうした見方からすれば、ホッブズの政治理論は、伝統的なキリスト教倫理に基づくものであることになる。それはこれまでの、ホッブズは無神論者であったという見方や、あるいは彼の神学的考察はキリスト教の正当理論とは相容れないものであったという見方を、まさしく逆転させるものであった。
〔F.C.フッドの研究〕
この点でさらにいっそうラディカルな主張をしたのが F.C.フッド F. C. Hood "The Divine Politics of Thomas Hobbes" である。彼によれば、ホッブズはキリスト教思想家であり、その義務論は宗教倫理そのものである。こうして彼に至っては、ホッブズの哲学の全体がその宗教的信仰の中に包摂されてしまうのである。
15
〔レオ・シュトラウス 『ホッブズの政治学』〕
いわゆる「テーラー=ウォーレンダー命題」が、ホッブズの心理学と、政治理論の間に楔を打ち込むことによって、政治理論の伝統的性格を強調したのに対して、レオ・シュトラウス Leo Strauss は、自然哲学と、心理学および政治哲学の間に楔を打ち込むことによって、逆に政治哲学の近代的性格を強調する。
すでにジョン・レアド John Laird は "Hobbes" (1934) のなかで、その形而上学と政治理論とを分離して考察していた。形而上学の「声」〔教義〕だけが近代的であり、その「手」〔方法〕はスコラ的であり、政治学においては「声」も「手」も中世的である、と。つまり自然哲学が内容としても方法としても、政治理論に寄与していること否定されたのである。
レオ・シュトラウスもまたその著 "The Political Philosophy of Hobbes" 『ホッブズの政治学』(1936) において、近代科学が政治哲学の基礎となりうる可能性を、きっぱりと否定する。
ホッブズの政治哲学の基礎を成すものは、むしろ人びとの日常の経験の分析より得られたその道徳的態度であり、それはすでに彼が近代の自然科学に接近する以前に形成されていた、と主張するシュトラウスは、レアドとは対象的にそこに伝統的道徳からブルジョア道徳への転換を見出すのである。
16
〔それ以降の研究について: 1960s~1970s〕
こうしてホッブズの政治理論は、あるときには自然哲学との関係が否定され、またあるときにはその心理学との関係が否定されることになり、しかもそれには、伝統的なものであるという規定と、近代的なものであるという規定の、まるで反対の評価が下されることになったのである。
こうした経緯を踏まえた最新の研究では、もう一度、ホッブズ哲学の体系そのものに立ち返って、そのうえでその政治理論の近代性の意味を把握しなおそうとする傾向にある。
そうした研究のなかで主要なものを挙げる。
C.B.マクファーソン C. B. Macpherson "The Political Theory of Possession Individualism" 『所有的個人主義の政治理論 —— ホッブズからロックまで』 (1962)
J.W.N.ワトキンス J. W. N. Watkins "Hobbes's System of Ideas" 『ホッブズ その思想体系』 (1965)
M.M.ゴールドスミス M. M. Goldsmith "Hobbes's Science of Politics" (1966)
F.S.マックネイリー F. S. MacNeilly "The Anatomy of Leviathan" (1968)
デイヴィド・ゴティエ David P. Gauthier "The Logic of Leviathan" (1969)
トーマス・スプラゲンズ Thomas A. Spragens Jr. "The Politics of Motion" (1973)
D.D.ラファエル D. D. Raphael " Hobbes: Morals and Politics" (1977)
17
このうちC.B.マクファーソンは、ホッブズの政治理論は完全な資本主義社会〔所有的市場社会〕を前提とするとして、そのブルジョア的性格を、シュトラウスよりもいっそうはっきりと主張する。そしてその個人主義は機械論的唯物論に依存すると考える。
〔J.W.N.ワトキンス 『ホッブズ その思想体系』〕
J.W.N.ワトキンスとゴールドスミスは、ともに、政治理論と自然哲学、とりわけ科学的方法と密接に結びつけることを目指している。その際、J.W.N.ワトキンスは、分解 — 構成の方法とノミナリズムに注目し、ゴールドスミスは科学的説明に注目する
ノミナリズム
唯名論 - Wikipedia
Nominalism - Wikipedia
形而上学において、名目論とは、普遍や抽象的な対象は、単なる名前やラベルに過ぎず、実際には存在しないという見解である。 名目論には主に2つのバージョンがある。1つは、普遍、つまり多くの具体的な事物によって具体化または例示できるもの(例えば、力、人間性)の存在を否定する。もう1つは、抽象的な対象、つまり空間と時間の中に存在しない対象そのものの存在を具体的に否定する。
F.S.マックネイリーは、ホッブズの思想的発展を強調して、リヴァイアサンにおいてはじめて数学の論証的方法がとられるとともに、心理学的利己主義が放棄されたことの意味を考えようとする。
デイヴィド・ゴティエは、授権の理論の分析に鋭さを見せている。
トーマス・スプラゲンズは「パラダイム」の概念を駆使してホッブズはアリストテレスの枠組みを用いながらそのなかの実質的概念を近代的にて転換したと主張する。
D.D.ラファエルの著作は入門書とはいえ、自然的義務と人工的義務という独創的な対概念を用いた分析がなされている。
18
〔フランスとドイツのホッブズ研究〕
フランスでは、言葉を媒介とした自然の合理的転換を強調するレイモン・ポラン Raymond Polin " Politique et Philosophie chez Thomas Hobbes" (1953) が代表的な研究である。
ドイツではフェルディナント・テンニース Ferdinand Tönnies "Hobbes. Leben und Lehre" (1925) が古典であり、
また我が国には、保護と服従の相関を強調するカール・シュミット『リヴァイアサン —— 近代国家の生成と挫折』 (1972) とホッブズ理論の中に積極的に抵抗件を見出そうとする P. C.マイヤー=タッシュ『ホッブズと抵抗権』(1976)の二つの対照的な研究が紹介されている
P. C.マイヤー=タッシュ『ホッブズと抵抗権』
ホッブズと抵抗権 (思想史ライブラリー) | NDLサーチ | 国立国会図書館
カール・シュミット『リヴァイアサン —— 近代国家の生成と挫折』
リヴァイアサン : 近代国家の生成と挫折 | NDLサーチ | 国立国会図書館
リヴァイアサン : 近代国家の生成と挫折 - 国立国会図書館デジタルコレクション
19
最後に我が国におけるホッブズ研究を紹介しておこう。
大田可夫『イギリス社会哲学の成立と展開』 (1971)
イギリス社会哲学の成立と展開 | NDLサーチ | 国立国会図書館
水田洋『近代人の形成 —— 近代社会観成立史』 (1954)
近代人の形成 : 近代社会観成立史 | NDLサーチ | 国立国会図書館
福田歓一『近代政治原理成立史序説』 (1971)
近代政治原理成立史序説 | NDLサーチ | 国立国会図書館
岸畑豊『ホッブズ哲学の諸問題』 (1974)
ホッブズ哲学の諸問題 | NDLサーチ | 国立国会図書館
藤原保信『近代政治哲学の形成 : ホッブズの政治哲学』 (1974)
近代政治哲学の形成 : ホッブスの政治哲学 | NDLサーチ | 国立国会図書館
ホッブズの政治哲学 (藤原保信著作集 ; 第1巻) | NDLサーチ | 国立国会図書館
藤原保信著作集 (第1巻) | 藤原 保信, 佐藤 正志, 的射場 敬一 |本 | 通販 | Amazon
20
〔大田可夫『イギリス社会哲学の成立と展開』について〕
21
〔水田洋『近代人の形成 —— 近代社会観成立史』〕
22
〔福田歓一『近代政治原理成立史序説』〕
23
〔福田歓一『近代政治原理成立史序説』〕
24
〔藤原保信『近代政治哲学の形成 : ホッブズの政治哲学』〕
藤原〔この本の著者の一人でもある〕の著書は、機械論的自然観の成立がもたらした、政治理論の近代的転換とその意味を明らかにするために、ホッブズの政治哲学をその自然哲学から説き起こし、その全体像において捉えようとしたものであり、同時にそれを通じて近代的思惟と価値観の成立を跡づけたものである。
〈了〉