パドゥア学派
from ホッブズ リヴァイアサン (有斐閣新書) 第1章 「序論」
パドゥア学派
ホッブズは自らの哲学方法論から形相因を放逐したのか
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本発表では、17 世紀イングランドの哲学者トマス・ホッブズ(1588-1679)が、『物体論』(1655 年)で展開した自身の哲学方法論において、形相因をどのように位置付けていたのかを検討する。
ホッブズの哲学方法論については、彼が『物体論』で扱った自然哲学と、『市民論』(1642 年)や『リヴァイアサン』(1651 年)で扱った政治哲学との関係(とりわけそれらの一貫性)を論じる際に、しばしば言及がなされてきた。(なお、ホッブズによれば、自然哲学は幾何学と自然学から成り、政治哲学は倫理学と政治学から成る。)
例えば、ホッブズの哲学方法論に関する古典的研究を著したJ.W.N.ワトキンスによれば、ホッブズは、ガリレオやハーヴェイが学んだイタリア・パドヴァ学派の方法論から影響を受けた分解–合成的方法を、自然哲学と政治哲学の双方に適用したのだとされる(Watkins 1973)。
魔術師列伝 | web太陽 ― webtaiyo ― 第5回 ベルナルディーノ・テレジオ(1509-88年)〈1〉パドヴァ学派
第1回の(1)で、「アヴェロエス思想の伝播」という図を載せておいた。そこには、アヴェロエスの生地・コルドバから赤線で、コルドバ―パリ―パドヴァ、といった流れと、青線で「世界霊魂」を受容した、コルドバ―パレルモ―コゼンツァ、という伝播の2点を挙げて置いたのを思い出していただきたい。いずれにも共通しているのは、終着地点がイタリアの、北のパドヴァと、南でテレジオの生地であるコゼンツァである、ということである。第1回の(2)でも触れたように、パドヴァは後年、『天球回転論』のコペルニクス(1473-1543年)、近代解剖学の祖ヴェサリウス(1514-64年)が学び、それにガリレオ・ガリレイ(1564-1642年)が数学科の教授として16世紀末期に教壇に立った、きわめて伝統のあるパドヴァ大学の所在地である。ガリレイが教授をしていたことで、近代科学の黎明を感じさせるが、話はそう簡単には進まない。
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澤井繁男 『魔術師列伝』
魔術師列伝 - 平凡社
パドヴァ学派について記述のある資料がみたい。 | レファレンス協同データベース
『科学革命の新研究』(J.H.ランダル他[ほか]著 渡辺正雄[ほか]訳 日新出版 1961)
口絵 「パトヴァ大学(第17世紀)」の口絵写真に、「クザーヌス、レギオモンタヌス、コペルニクス、ハーヴィらが学び、ヴェサリウス、ガリレイらが教えた」の記述あり。
p71-82 J.H.ランダル(2世)著、萩原明男訳の「パトヴァ学派における科学の方法」あり。
『ルネサンス 人と思想』(清水純一著 近藤恒一編 平凡社 1994)
p97-124 清水純一著「パドヴァ学派論攷」あり。
『知識革命の系譜学 古代オリエントから17世紀科学革命まで』(大出晁著 岩波書店 2004)
p196-217 「第5章 知のヴェクトル変換」に「2 パドヴァ学派」の節あり。