2023-05-21のセッションより
線路は段々と曲がって行き、南の方を向く樣に成る。
赤い砂漠が廣がってゐる。
空は夏の眞晝の空の樣に青い。
綠のローブを著てゐる身には、段々と日差しが暑く感ぜられる樣に成って來た。
===此處迄前回===
セッション前に。
御出掛け先で見た景色が、イメージと聯關を持ってゐる樣な感覺を覺えた事が思ひ出された。
サボテンを見に行った事。
赤い荒れ野の主であったサボテンとは、きちんとした御別れもせずに步き出して了った。
サボテンに復た會ふ時があるかも知れない、いや、屹度會ふ事に成るだらうと云ふ豫感があった。
サボテンを見に行った時、サボテンに復た會へるかも知れないと云ふ氣がした。
實際見に行ったサボテンは、いづれも鉢植ゑに收まるサイズのサボテンたちであって、
其れは其れとして私の目を樂しませて呉れたが、サボテンに會へなかった事によって、
「未だサボテンに再會出來る段階にはない、と云ふ事なのだな」
と云ふ感慨が生じた。
亦、季節の取り取りの花が咲いた美しい花壇を見た時、
此の樣な花壇が、此の先「無い花園」として私の前に現れ、私に問ひを投げ掛けて來る事に成るだらう、
と云ふ豫感が生じた。
===此處からセッション===
眞夏の樣な強い日差しが照ってゐる。
赤い荒れ野の只中を、南に向かふ赤錆びた線路が眞っ直ぐに延びてゐる。
其處を私は南に向って步き續ける。
自分は綠色のローブを著てゐる。暑い!!
右手には黃色く光る圓筒形を納めた青い金屬のランタンを持ってゐる。
左手には紫色の水が宿ってゐる。
懷のポケットには綠色のレンズが入ってゐる。
私の後ろを、赤い圓筒形がひょこひょこと付いて來てゐる。
日差しが暑い。
暑い!!
汗を澤山搔く。
汗は綠のローブに染みて行く。
汗がローブから乾いて行き、細かな鹽が其處に殘ってゐる。
暑い!!
暑いので喉が渇く。
私は左手から水を飮む事にする。
左手を盃の樣にして口元に當てると、左手から泉の樣に紫色の水が湧いて、其れが喉を潤す。
眞水ではなく、ヨードの樣な味がする。
水を飮んでゐる時、左手から少し水が零れ、赤い地面に垂れる。
紫の水が赤い砂に染みると、其處だけ眞っ黑な斑點に成る。
眞っ黑な斑點は、日差しの中で段々と乾き、復た赤い砂に戻る。
振り向くと、赤い圓筒形はすっかり疲れてゐる。
左右にフラフラし乍ら付いて來てゐる。
石や金屬の樣にはっきりしてゐた表面が、今はぷよぷよとしてゐる。
私は赤い圓筒形に聲を掛ける。
「疲れてゐませんか。水を飮みませんか。」
赤い圓筒形は上體を左右に振って返事をする。
赤い圓筒形は水を飮む樣な存在ではない、と云ふ事を表してゐるらしい。
赤い圓筒形はフラフラと付いて來るが、疲れ果てて了ひ、肩に凭れ掛って來る。
日差しが照ってゐる。
前も荒れ野。後も荒れ野。右も左も荒れ野。
こんな所に留まる訣には行かないがどうして良いか判らない。
考へた所、青いランタンに自分を導いて貰はうとしてゐた事を思ひ出す。
青いランタンに訊ねる。
「私達はどっちに行ったら良いですか。」
青いランタンは、私の右手をぐいと引っ張って、更に線路の先、南の方角へと導く。
青いランタンに引かれる方に步いて行く。
赤い圓筒形もフラフラし乍ら付いて來る。
暫く南に進むと、左手に、穴が掘ってある所が見えて來る。
線路の左手に、赤い地面を斜めにスロープになる樣に掘った穴が空いてゐる。
斜面の幅は3閒かそこらある。
斜面を下って行った先に、橫穴が掘ってある。
太い木の柱と鴨居が穴を支へてゐる。
私達はスロープを降りて行き、橫穴に入る。
橫穴の奧行きは1閒半程しか無い。
橫穴の中は日蔭に成って涼しく、壁の赤土も少し濕ってゐる。
私は橫穴の向って左の壁を背にして座り込む。
赤い圓筒形は、奧の壁を背にして座り込む。
赤い圓筒形の表面はぷよぷよとしてゐる。
せめて、赤い圓筒形の表面がもっとしっかりして來る迄、そして陽がもう少し翳る迄、此處に留まってゐようと思ふ。
私は、赤い圓筒形は水は飮まないにせよ、水を帶びた左手で撫でて上げたら涼しくて具合が良いのでは、と思ふ。
しかし、其の時、赤い圓筒形を紫の水を帶びた左手で撫でたら、先程の赤い砂の樣に眞っ黑に成って了ふかも知れないと云ふヴィジョンが現れ、撫でない方がよい、と思ひ直す。
黑とは、一體何であらうか?? 黑とは何の色だらう??
私は左手で壁の赤土を少し擦り取り、手の中で捏ねる。
黑い土塊に成る。
墨の樣に黑い。
黑とは、炭の色であり、炭團の色であり、墨の色であり、火藥の色であり、豐饒なる黑土の色であり、すなはち生の色であり、宇宙の色であり、虛無の色であり、死の色でもある。
生であり、死である。どっちなんだ。
赤も亦、生の色であり、死の色である。どっちなんだ。
エジプトでは、黑が豐饒なるナイルの大地の色でありすなはち生。
赤は不毛の砂漠の色でありすなはち死であった。
しかし赤は血の色でありすなはち生、黑は瞑目の色でありすなはち死。
私は左手に取った黑い土を捏ね囘す。
黑い土は或る時は球體を成す。
握ると、指の閒からはみ出てとげとげとした形に成る。
更に握ると、圓錐形の樣な形に成る。
更に握ると、黑い土は、完璧なチェスのポーンの形に成る。
此のポーンは一體何だ。此れで何をしたら良いんだ。
私は小學生の頃を思ひ出す。
デュシャン(……ぢゃなかった、デュシャンとチェスを指してたマンレイ)のデザインしたチェスの駒が迚も素敵だったので、私は其れを自分で拵へようとした。
しかし、材料が良く判らなかったし、私の手も不器用であったので、思った樣な物は遂に作れなかったのだった。
でも此の手の中には其の時作れなかった完璧な黑のポーンがある。
此れを一體どうしたら良いのか。
見ると、赤い圓筒形は大分表面がしっかりしてゐる。
赤い圓筒形は、見えない手で自分の側の赤土を少し取ると、空中で其れを捏ねる。
すると、其の赤土は完璧な赤のポーンの形を成す。
赤い圓筒形は、其の完璧な赤のポーンを私との閒の地面に置く。
此れは、此處でチェスセットを拵へようと云ふ事だらう。
私は完璧な黑のポーンを赤い圓筒形と私の閒の地面に置く。
私はもう一度壁の赤土を左手で取り、左手で捏ねる。
二つ目の黑いポーンが出來る。
赤い圓筒形も、二つ目の赤いポーンを拵へ、復た地面に其れを置く。
私と赤い圓筒形は、三つ目のポーンを拵へ、閒の地面に置く。
四つ目も作る。
===此處迄===