2023-04-22のセッションより
階段降りて右側のプラットフォームに向かひ立ち、青いランタンに訊ねた。
「どっちへ行きませう。」
ランタンは「先に進まう」と云ふ意圖でもって、右側の地下鐵トンネルを照らし示した。
私は赤い圓筒形を擔いで線路に降ろし、自分も線路に降りた。
右に向って進み始めた。
===此處迄前回===
トンネルは緩い下り坂に成ってゐる。
先に向って進んで行くと、徐々に水平に成って來る。
水平になった所で、トンネルの先を見ると、赤い光が見える。
赤い光は、トンネルの出口の向かうに廣がってゐる赤い天球の光である。
私はゆっくりコンクリートの地面を靴で踏む感覺を感覺しつつ、トンネルを進んで行く。
トンネルの出口に著いた。
https://gyazo.com/b29d30b0e7805b49e74a811911098520
トンネルを出る所は巨大な崖の麓であった。
線路は再び下り坂に成って赤茶けた荒野の中に眞っ直ぐに伸びて行ってゐる。
赤い天球が景色を覆ってゐる。
赤茶けた荒野は砂と土塊ばかりで、時々枯れ草が僅かに生えてゐる。
赤い荒い砂を踏み乍ら、線路の右側を步いて行く。
線路の勾配は段々と緩やかに成り、復た水平に成る。
水平に成った所で振り返ると、眞っ直ぐな線路がトンネルの出口まで繫がってゐる。
トンネルの後ろには巨大な断崖絶壁があり、大きなプラトーの樣に成ってゐる。
線路の先は、赤い荒野と赤い天球の交はる地平線迄眞っ直ぐに伸びてゐる。
私は更に步いて行く。
段々と、空の光が翳ってきた樣に思ふ。
夜が來るのかも知れないと云ふ氣持ちに成る。
夜が來ると、野宿をしないと行けないなと云ふ氣持ちに成る。
段々と星が見えて來る。
線路が地平線と交はる所の上に、一際明るく金星、宵の明星が見える。
宵の明星は音聲を發する。
「弛まず步み續けよ。歸り來たれ。」と云ふ意味の事を發する。
私は、線路を何處迄も西に行った先に、未だ行った事の無い歸る所があるのだらうと云ふ氣持ちに成る。
私は更に步いて行く。
すっかり夜に成る。
步いてゐると、線路の右側に見上げる樣に背の高い大きなサボテンが立ってゐる。
何だ此のサボテンと思ってゐたら、サボテンが話し掛けて來る。
「こんにちは。私はあなたの祖父の育ててゐたサボテンです。」
咄嗟に返事をする。
「あ、其の節はどうも。」
私の祖父は私が小學生の頃、祖父の持ってゐた××の家に、サボテンの鉢を持ってゐた。
××の家で見たサボテンは、そんなに大きな物ではなかった。
小さい頃なのではっきり覺えてゐないが、精々10〜20cm程の球形のサボテンだった樣に思ふ。
何でこんな所にゐるんだらう。私は訊ねる。
「あなたはどんないきさつで此處に根を下ろしてゐるのですか。」
問うた所、逆にサボテンが問ひ返して來た。
「あなたは何處へ行かうとしてゐるんですか。」
私は自分が何處へ向ってゐるのか解らなかった。
「私は、行った事のない所へ歸らうと思ひます。」
「さうですか。」
一旦會話が途切れる。
もう一度問ふ。
「あなたはどんないきさつで此處に根を下ろしてゐるのですか。」
「私はあなたの祖父の亡くなる時、あなたの祖父に『自由にある樣に、此の荒れ野の主となる樣に』とて、此處に置かれたのです。」
一旦會話が途切れる。
私は喉が渇いてゐる。
サボテンに訊ねる。
「此の荒れ野の主であるなら、飲み水のある場所を知りませんか。」
「あなたの左手に水がある。其れを飲むと良い。」
私は自分の左手に持ってゐたランタンを一旦地面に降ろし、紫色の左手を杯の樣に翳して、其處から啜る樣に口に近づける。
左手から紫色の水が湧き出て來て、其れが私の喉を潤した。
水は、ヨードの樣な味と香りがした。
小學校の水泳の授業の後の含嗽水が思ひ起こされた。
私が水を飲み終へると、サボテンが唱へた。
「夫れ、一者を潤す物は縱令荒れ野に在りとも一者の內に在り。」
サボテンの水はサボテンの內にある。
私の水は私の內にある。
「だから貴方方は何處迄も步いて行ける」
とサボテンは唱へた。
氣が付くと、宵の明星は地平線の下に沈んでゐた。
他の名も知らぬ星々が天に光ってゐた。
サボテンが言った。
「今夜は此處で休んで行きなさい。地べたしか無いけれど。」
私はサボテンと線路の閒に腰を下ろした。
赤い圓筒形も右橫に腰を下ろした。
夜は寒かった。
青いランタンの光と熱があり、溫かみを齎してゐた。
私は其の儘朝迄眠る事にした。