2023-04-01のセッションより
24枚目のスライド。
此處に於いて、橘榛名の理想的運用の追求と、安定的運用の追求と云ふ相反する二つの道が生じた。
研究者らは當初の目標を諦め、安定的運用を圖る方針を採用した。
清い貓性を諦め、「擲つ」事によって、穢れた貓性の生ずる可能性を低減し、中和された狀態を新たな理想狀態とした。
研究所は目標を喪失して離散して了ったが、依然運用の繼續してゐる橘榛名現界システムは殘された。
===此處迄前回===
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25枚目のスライド。
https://gyazo.com/bd117ecaccbe349dc0a880c7d780117c
橘榛名の結晶に貓性を附與する事を諦めた事によって、貓性を穢す原因と目されてゐた「物質」への敵視が稀釋され、精神と物質との相克によって捉へられてゐた世界に調和が有り得る事が見出だされ、亦其の實現が目標される樣に成った。
左の圖形は物質の精神に對する勝利。右の圖形は精神の物質に對する勝利。
中央の圖形は、精神と物質がバランスし相攜へて前進する事を意味してゐる。
樣々な對立に調和が齎されたが、其れ等はしかし停滯も齎した。
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26枚目のスライド。
https://gyazo.com/8f49f81a7c952e91ede439df03c0f5cd
黑い魚と白い魚が互ひの尾を銜へてグルグルする圖。
停滯はしかし停滯ではなく、周期的に巡って來る良き事と良からざる事の循環であると捉へられた。
此の圓環は大小樣々な物、速い物と遲い物などが組み合はさって複雜に巡り續けてゐる。
此の圓環の中で日々を乘り越えて行く事が觀念されてゐる。
此處に於て、赤い圓筒形は矢庭に立ち上がり、此方を向いて、音聲を發出した。
「安住するな。立ち止まるな。」
「尊い者への獻げ物を怠ってゐる丈だ。」
私の停滯が吿發せられた。
赤い圓筒形は其の時祖父であり祖父でなく、母であり母でなく、其れ等の薫陶を受けた幼き者の位格を持ってゐる樣に觀ぜられた。
私は、直ちに返事をしなければ成らない樣に感ぜられた。
返事を躊躇ってゐる事さへも罪惡である樣に感ぜられた。
私の心裡には「心得違ひをしてをりました。直ちに、其の樣に致します。」と云ふ返事を直ちに發するべきだと云ふ觀念が生じたが、其れを立ち所に發する事は躊躇はれた。本當に其の樣な事を言っても良いのだらうか。
しかし、返事を躊躇ってゐる事さへも罪惡である樣に感ぜられた。
私は「心得違ひをしてをりました。直ちに、其の樣に致します。」と音聲を發し、赤い圓筒形に一禮した。
赤い圓筒形が音聲を發した。「屹度其の樣にせよ。」
私は「はい。屹度其の樣に致します」と應へた。
青いランタンは怯えてゐる樣であった。
私は兩手を其の傘に觸れ、「願はくは吾が行く先を照らし賜へよ。」と音聲に發して禱った。
青いランタンの溫もりが兩手に感ぜられた。
正面に向き直った。
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27枚目のスライド。
眞っ黑な背景。
右下の隅に小さく青綠色の筆書體の文字で
進
メ
と書かれてゐる。
此の邊りの記憶がはっきりしない。スライドが一枚記憶から拔け落ちてゐる樣な氣がする。
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29枚目のスライド。
スライドにはフィルムが入ってゐない。
スクリーンは眞っ白に成った。
赤い圓筒形は「今や、進まなくては成らない。天に於ても地に於ても、進まなくては成らない。」と音聲を發した。
進まなくては成らない。
赤い圓筒形を連れて、青いランタンを攜へて、進まなくては成らない。
綠の映寫機を置いて行く事が、酷く躊躇はれた。
どうにかして一緒に連れて行けないだらうか。
私は映寫機に問うた。
「一緒に來て呉れませんか。」
映寫機は思念で以て應へた。『レンズを外して持って行って下さい。』
私は映寫機の前に囘り、燈りを落として、兩手でレンズの入った圓筒形のパーツを引き拔いた。レンズ筒はスポンと拔けた。
私は其の綠の金屬で緣取られたレンズを綠のローブの内ポケットに藏った。
レンズの溫かみが感ぜられた。
【講評】
私:記憶がはっきりしないのはアクティブネスが不足していた所爲?
師:記錄上は白く成ったのは28枚目のスライドだった。
しかし『此處にスライドがあった樣な氣がする』としか思ひ出せない事が注目に價する。
本當にもう一枚あったのかも知れない。枚數は言明されてゐなかった。
私:素數枚で終ったな、と云ふ感覺があった。素數とは29。
師:此の中から言へる事を擧げて下さい。出典を示せる事を。
私:赤い圓筒形は被吿人席で身悶えてゐる者として出遭ったのであったが「左側に立って私を吿發する者」と云ふ點を鑑みると、ひょっとすると喧しい檢察官と同一人物なのではないかと云ふ疑念が浮かぶ。
吿發する赤い圓筒形は、祖父、母、幼い者の位格を持ってゐたが、
祖父とは公に奉仕する者の象徵である。=範。母とは此れを範とせよと云ふ文である。
範と、此れを範とせよと云ふ文と、Amen = 其の樣に。と云ふ文としての幼子。