2023-01-14のセッションより
(被告人の席に立ってゐるのが私ではなく裁判官の席にゐるのが私であったと云ふ轉換の話が此處に入る。)
では被告人の席に立ってゐるのは何。
其れは稚い私ではないか。藍色の心。
對話者によって指摘されたのは、其れは〈本名〉ではないかと云ふ事であった。
私は私の本名が嫌ひである事は以前から指摘されてゐる事である。
名前には祕められた眞の意味がある話。人を𠮟る時は名を呼ぶ話。
被告人席を見ると、藍色の私の筈なのではあるが、赤色の圓筒形があった。
苦痛に身悶える赤色の圓筒形が被告人席に立たされてゐた。
苦痛に身悶える赤色の圓筒形=稚い私=稚い心=藍色の心=自分が自分であるのが厭な私。
稚い私は、しかし其れを死刑に處して社會に忠誠を誓ふ、大人に成る事によって解決を見る物ではない。
其れはいと高き者として在るので、其の樣に遇せねば成らない。
大體が、吊して了っても屹度蘇って來る。
苦痛に身悶える赤色の圓筒形は被告人席でギザギザに折れ曲がってゐる。
超自然的な移動によって裁判長の席から降り、圓筒形の左斜め後ろに立つ。
振り子の動きを止める要領で、圓筒形の表面に兩手で觸れ、折れ曲がる方向の逆向きに力を掛ける。
赤色の圓筒形は大理石か金屬で出來てゐる樣な重さと冷たさを持ってゐる。
表面は石や金屬程硬い訣ではなく、飴の樣に指の跡が凹む程度の堅さである。
ギザギザと蠢いてゐた圓筒形の動きは穩やかに成って來た。
次第に、圓筒形はゆっくりとしなやかに彎曲して搖らぐ樣に成った。
今ゐる場所は心裡の法廷の證言臺の左斜め後ろ8時方向。
左側には何時もであれば私の罪が複數囘の死刑に價すると叫き立てる檢事がゐる筈だが、今はゐない。
證言臺の左右には木製の柵が9時方向から3時方向に亙ってある。
地に足を付ける爲、足で步いて圓筒形の後ろから右側に囘り込む。
履いてゐる雪沓の鈍い足音がする。
4時方向まで步いた所で、此のいと高き存在である圓筒形に對しては禮を以て遇せねば成らないと思ふ。
此のいと高き圓筒形は、私の身代りに私の罪を負ひ、繩を掛けられて法廷に引き摺り出され、檢事の叫き立てるのを聞いてゐたのであった。
私は圓筒形に跪き、「誠に申し訣無う御座います」と奏上した。
圓筒形は今や完全な圓筒形として立ち、此方に正面を向けた。
此の圓筒形を本來の居場所迄送り屆けねば成らない。
私は立ち上がり、6時方向にある法廷の出口を掌で示し、誘導する。
赤い圓筒形は重くつるつるした物が床の上を滑る靜かな音を立てて移動して行く。
赤い圓筒形の左斜め前に先導して步む。
法廷のドアを開けると、眞っ暗な廊下が何處迄も續いてゐる。
壁のスイッチで廊下に明かりを付けたが、巨大な建造物の中にゐるのか、廊下は何處迄も續いてゐて先が見えない。
步き出さねば成らない。