コミュニケーションというボトルネックを軽減することの難しさ
普段使ってるコミュニケーションはそれ自体が結構なコスト、というかボトルネック
普段は気にならないけど、技術的な実験や議論や探索など「高度な」仕事の場合に顕著に表れる
このとき、コミュニケーションそのものを減らさないといけない。
たとえば
会議ベースと雑談ベースしか使ってないチームが、非同期を覚えるとか
場所と時間の壁を越えるsta.icon
チャットしか使ってないチームが、QWINCSを覚えるとか
話題の壁を越えるsta.icon
優しくて遠回しのコミュニケーションしかしてないチームが、バッチバチに議論するやり方や「議論における対立は人格攻撃ではない」的な考え方を覚えるとか
国のコミュニケーション文化を越える or 議論用のモードを被るsta.icon
「1時間誰にも邪魔されずに深く集中する」営みを知らないチームが、「3時間それをやる」「当たり前にできるようにする」営みを覚えるとか
コミュニケーションの物量を減らす(自分で判断してつくる度合いを増やす)sta.icon
...
が、難しい。。。
自身のやり方と考え方を疑い、変えて、試すという視座に立つ必要がある。行動力も要る。プライドを捨てる精神力も要る
たとえばsta.iconみたいなイカれた人物じゃないとできないわけです
コミュニケーションは社会的な営みであまりに染み付いてる教義みたいなものなのでアロセントリックには無理なんじゃないかとさえ思う
さらに踏み込むと、この呪いを解いて人類を一段上げれるのはエゴセントリックの資質を持つASDだと思ってる
そもそもそれをするだけの余裕がない
時間、認知資源、精神 etc
余裕をつくるための「捨てる」もできない or やらない
「髪のメンテだるいし見た目も別にこだわってないからと坊主を試す」すらできない人の方がマジョリティsta.icon
余談だが俺の野望は、人類がこれを行えるようにすること。
まだまだ模索中だけどね...知的生産だのSoft Skills Engineeringだの色々表現を試みてるよsta.icon
じゃあどうなるかというと、そのコミュニケーションのあり方前提のベストエフォートになる。
メンバーたちが優秀ならこれでも相当なことができる
し、資本主義で勝つくらいなら正直これで十分
泥臭さと表現されたりするsta.icon
チーム作りが上手ければもう少しポテンシャルを引き出せる
4人以下でマジで情熱持っててビジョンor自身についてくれる奴ら、みたいな
ベンチャーとかでよくある
あるいは大企業で超優秀なマネージャーなら人材集めてこういうチームをつくれる
心理的安全性とかも使う
優秀じゃない場合は、その高度な仕事を諦めて、仕事してる感の演出に向かうしかなくなる
心では「なんか違う」と思いつつも、現行踏襲から脱せない(脱する力がない)
仮にあったとしても、皆を従わせられるだけの力がない
sta.iconはここだな
俺はラストワンマイルが弱い
仲間がいない
かといって仕事なのですぐ捨てるわけにもいかず、ずるずるする
それを正当化するために、たとえば計画やプロセスつくって予実管理しようとする
で、これが上手くいくと「説明責任」として使いやすくなるので人が集まってきて政治的になっていく
そういうものと言えばそれまでだけど。
この人類の現状を打ち破りたいんだ。