ライフワークの思想
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知的生産ネタ
知的生産や知的生活の本質にも端的に切り込んでいる
詳細は割愛するが、生活基盤(健全な心身含む)の重要性や発酵の本質的長さなど色々取り上げて、そう!そうだよな!となるsta.icon
それら本質を重視する姿勢をバカにする人も多いが、俺は間違ってないのだと再確認できる
まあ会社で姿勢を追求するのは通じなくて当然だし場違いだがwsta.icon
そういう意味で、やはり趣味として、あるいは余暇でがっつりやるべきことなんだろうな
編集
第一次創造と第二次創造
雑誌でたとえると、原稿つくるのが第一次創造で、原稿集めて雑誌をつくる(編集する)のが第二次創造
統合や体系化も編集の延長にあると言ってる(と思う)sta.icon
知識は編集によってのみ定着する(丸暗記による自然の編集ではなくて)
このとき使う(母体になる)のがモデル
人間の知的活動には、物語のモデルだけでは充分ではない
もっとも卑近な例は「アダ名の命名」
もう少し高度だと比喩やら類推やら
モデルによる理解はいずれも大なり小なり比喩の操作によるほかない
発見
発見はいつの時代にも起こっているはずである。ただ、それが自然科学の発見のような客観性を具えていない
train.icon具(そな)えていない
真に新しい着想は、……名称がないのであるから、最初期はつねに比喩的記述を借りなくてはならない。
われわれはだいたい知識は多いほどよいという知的蓄積主義に立っている……この蓄積主義はそれだけ厚いスクリーンになって、真理の認識を妨げていることを反省すべきである。
忘却
言葉の忘却と内容の忘却
言葉は知識や経験を持ち込み、引き出す時に使う表層のもの
内容の忘却はより本質的なもの
風化とか科学的な変化とかが起こるとたとえている
それが深層の精神の中に沈降していく
ここを告げることは不可能
夢の形によって不随意的にあらわれるにとどまる
記憶とか、忘れるとかは要するに精神の表層世界の問題であることに気づくであろう。それに固執することは深い世界の発達のさまたげにならぬとも限らない。
ロマンがあるな
俺も自分の内界にある世界を上手く引っ張り出して体系化してぇ
まあまだアラサーの若造だし、ろくな世界なんてできてねえと思うけど
印象的だったの
done
33%以降は関係ない話だったので軽く流して終わった
日本のここまでとこれから(どうあるべきか)が鋭く書いてあって、書いてることは面白いがライフワーク関係ないので今回はパス
30%
ライフワーク = 作品
花やカクテルでたとえてる
外国の花を目立たり既存の酒の組み合わせでカクテルばっかつくってる
そうじゃねえ
自分で球根つくったり地酒つくったりすることこそ!
No
GCは「世に多大に貢献できている」ものだが、ライフワークはそうであるとは限らない
極論、自己満足でもいい
俺はこっちの方が好きだなsta.icon*3