「書いてから整える」を妨げる要素
from 書いてから整える
「書いてから整える」を妨げる要素
「書いたものを消せない」という気持ちがある。
書いたものを消すのが、自分が奪われる感じがしていやだ、という感覚はあるかも
こんがらがっていて編集したくても編集できないという場合もあるかな
そういう場合はアーカイブして別で書き始めたら良さそう
パラダイムシフトが必要な感じがする。どんな?
1の内容を書くには3倍書く必要があると信仰する?
この信仰の良いところ
たくさん書く必要があると諦めさせる
たくさん書いていいと、書いたことを残さなくて良いと、気楽にさせる
しょぼいことを書いて良いと。消していいんだから、と。
根拠ある?
そんな無いかも、だけど、まあ執筆においても編集のところで内容を大幅に変えたりするっぽいので、そんな間違ってはいなさそうだと思う。
実際に執筆したことも編集者といっしょにやったこともないので、本当かどうかは知らないしケースバイケースだけれどもある1のアウトプット(種々の表現形式)が出るまでには3倍はくだらない
100→1創作か
0→3→1創作みたいにも言える?
整えるのが面倒というのがある
これけっこうでかい要素かもしれない
整えるというのは、整えなければならないにつながる。この「なければならない」、つまり質に対する義務を内面化していると思う
1の内容を書くには3倍書く必要があると書いたが、3倍書いたままで良い