与論島を出た人びと
鹿児島県最南端の
与論島
から、台風による飢饉を契機に
長崎
県の
口之津
に集団移住した人びと。
福岡
の
三池
には大型
船
の着岸できる港がなく、対岸の口之津に小型船で運ばれ、港の貯炭場に下ろされた後、大型船に積み替える。この小型船から
石炭
をおろし、大型船に積み替える仕事を与論の人びとは行ったという。
さらに彼らは1909年の
三池港
の開発に伴い
福岡
県の大牟田に移り、三池港の湾岸労働者として、
三池鉱山
の生産機構の一員となる。
文献
井上佳子
『
三池炭鉱「月の記憶」
そして与論を出た人びと』
森崎和江
『
与論島を出た民の歴史
』
南日本新聞社『
与論島移住史
ユンヌの砂』
与州奥都城会『
三池移住五十年の歩み
』
森崎和江
『
森崎和江コレクション
精神史の旅 3 海峡』(収録「
ある帰郷
」)
#三池炭鉱
#三井物産