知の巨人
「知の巨人」というコンセプトに僕が興味を持ち始めたのはいつ頃だっただろうか。僕の青年期に非常に大きな影響を与えた高校時代の英語教師は、ジャレド・ダイアモンドの著書が好きで、彼のことを知の巨人として紹介していた。彼は、僕が高校を卒業するときに、僕の広範にわたる知的好奇心を見抜いた上でなのか、「点と点を繋ぐこと」「知の巨人になること」の二つを使命を僕に課して送り出した。 日本にいる知の巨人で、僕が思い浮かべるのは、松岡正剛、佐藤優、立花隆というところだろうか。(このうち二人はもうすでに亡くなってしまっているのだけれど)そして、僕はぼんやりとではあるが、彼らの大学時代の生活を基準にして、僕の行動指針としてきた節がある。
僕は、ドゥルーズの哲学用語によって形容するなれば(あるいは「点と点を繋ぐ」というスティーブ・ジョブズ=貴志の概念も潜在意識として入っているのかもしれないけれど)、何らかのプロジェクトによって、繋がりすぎた点を適切に切断し直そうとするフェーズに入っている。それは書くことによって達成されるのかもしれないし、新たに文芸的・芸術的な創作を始めてみることによるものなのかもしれないし、就活や大学院入試や起業への活動を開始してみることなのかもしれない。ともかくも、この「切断面」というのは、僕に自省を促すものだ。 そこで、この際、これまであまり深い考察をしてこなかった「知の巨人」に関するまとめのようなものを、あらためて言語化する価値があるのではないかと感じ始めた。
。とりあえず彼らの読書について
三人とも、雑食派な印象だ。立花先生に関してはよくわからないのだけれど、佐藤優先生の「本は三冊同時に読め」の中で、一回にいろんな分野の本を同時に読むのは、松岡正剛と共通した部分だ、と書いていた。この点においては、僕と彼ら二人は全く一致している。
。専攻について
僕と先人三人が大きく異なっている点の一つが、僕が理系専攻、彼らが文系専攻だということだ。佐藤先生は同志社大学神学部、他の二人は文学部だ。僕の生活がかなり文学部的なものであるにせよ、大学時代のシグニフィカントな割合を占める専攻分野が異なるということは、それなりに違いをもたらすものだというのは確かだ。
さて、この間にある差異についてもう少し考えたい。ここで、僕の専攻分野から出ている知識人について見てみよう。そうなると、落合陽一や円城塔などというところだろうか。落合は暦本研、円城は池上研の出身だ。 。職業選択
参考資料(あるいは自分への読書案内)
最近出版された「知の巨人とは何か」について、解体した本の一つだ。ここでは、専門分化の波の中で、二つ以上の分野で成果を上げている人たちについて書かれてある。駒場にも本郷にも置いてあるみたいなので、この際ぜひ読んでおきたい。この春休みの課題図書だな。
- ヴァレリーとその夏
フランスにはかつて、ヴァレリーという知の巨人がいた。相対性理論に最も早く理解を示した文学畑の人間だ。2024年、ごく最近出版された本書は、優れた題材を優れたモンタージュによって描き出すことによって、これからの時代に胸に残しておきたいアフォリズムの宝庫を詰め合わせることに成功しているのではないか。北野田の図書館で見つけたので、早速チェックしておきたい一作だ。