イン・ザ・メガ・チャーチ
推し
朝井リョウ
千のプラトーからアンチ・オイディプスに至るまで、資本主義が人間の精神性をいかに変えてしまうかについて、「資本主義と分裂症」という刺激的なタイトルでドゥルーズが書いたわけだけれど、意識して可動かは不明だけれど、その図式をを現代日本に通底する病理を巧みに分析する小説家の鋭い眼差しが光る良い小説であった。さすがは、宇野常寛に「よく我々の書くものを読んでいる」と言わせるだけのことはある。類似の物語作品では、佐藤優がマルクスの資本論を引きながら解説した伊藤潤二のうずまきのようなものもあるけれど、 それらは幾分思弁的でホラー的なところがあって、読解に批評家的な目線を要求するわけだけれど、本作は全くそのような形の「読者選び」をしない。特に僕にとっては結構実体験に近いようなストライクゾーンをついていたので、読んでいて思わず苦虫を噛み潰したような顔を作ってしまう場面も散見される。
明らかに、本作における「視野の狭い思考」というのは浅田彰のおけるパラノ的なもので、逆がスキゾ的なもののことである。それが資本主義によってどういうふうに歪められていくのかという過程の描写については松岡正剛のよるD・Gの千夜千冊解説に詳しいのだが、。
朝井リョウの中心的なテーマ、山族と海族の対立を描いた死にがいを求めて生きてるの、オブラートに包まれた形での敵意