2025初カラオケ
2025年 初カラオケ日記
卡拉OKーー声調とリズムの亡霊
中国語を話し始めたのは、大学1年のはじめ。
環世界を移動する感覚にまだ慣れきれないまま、
言葉が身体に染みつき、
それは「新しい音」として僕の喉を揺らした。
ちょうどその頃、カラオケにも通い始めた。
だからだろうか、「カラオケ」と聞くだけで、
カラオケ、カラオケ、卡拉OK……
日本語と中国語が混ざり合い、
声調がもたらすリズムが背後霊のように立ち現れる。
言語と言語のあわいに漂う言葉遊び。
その感覚は、僕の中にも染みついている。
言葉を真ん中で切ってみる。
語源を掘る。
他の言語に映してみる。
カラオケは、その癖と身体感覚が交差する場所になった。
2025年の目標のひとつ。
「カラオケで歌ったことのない曲を50曲歌う」。
新しい声を探し、新しい言葉を喉に通し、
身体がまだ知らない音楽と出会うための小さな旅。
今日は、その最初の14曲。
AIとの対話も、この旅の記録に刻んでいく。
選曲リスト(2025年3月2日)
1. 干燥花(Dried Flowers Chinese ver.)/優里
湿度が変わるだけで、
「枯れる」という感覚が別物になる。
ドライフラワーは乾いた花だけれど、
干燥花は、空気まで乾ききっていた。
言語の違いが感情の輪郭を揺らす。
中国語を歌う喉の奥に、声調の波が小さく跳ねる。
2. 勇気100%/なにわ男子
知っているはずの歌だった。
でも「知っている」と「歌える」は、
身体を通すとまるで違う。
喉から出た「勇気」は、
子どもの頃のそれより少し重い。
歌うことで、言葉がやっと自分のものになる。
3. Doki it/なにわ男子
日本語と英語が戯れながら、
音の隙間に言葉遊びが潜んでいる。
歌って初めて気づく掛け言葉、
言葉が身体に刻まれるリズム。
「解きほぐす」という感覚が、
音にも言葉にも響いていた。
4. ありがとう心から/なにわ男子
ありがとう、を歌う。
ただ口にするより、
声にしてメロディに乗せることで、
感謝は身体を巡り、
やっと実体を持ち始める。
歌うことで、僕は「ありがとう」を見つけた。
黄色い潜水艦に、
僕も声で乗り込んだ。
「We all live in a yellow submarine」
何度も繰り返すうち、
この潜水艦が音楽そのものだと気づく。
誰かと一緒に潜るための、声の乗り物。
座礁した思いは、
海を越え、時間を越え、
中国語のメロディに乗って蘇る。
歌うことで、言葉よりも先に、
15年前の海の色が喉に浮かぶ。
それはまだ周杰伦の声の模倣に過ぎないけれど、
模倣の先に、自分の声が見える気がした。
偉大な作品とは何か。
ジェイ・チョウの問いは、
僕自身への問いになる。
偉大さは、歴史に刻まれるものではなく、
その瞬間にしか存在しないものかもしれない。
今日、この喉を通った声は、
僕にとっての「作品」だ。
8. なにもの/King & Prince
何者でもなくたっていい。
その言葉を歌うことで、
何者かになろうともがいた過去の自分を思い出す。
何者でもない自分の声が、
何者でもない僕自身を形作っていく。
9. 猫/DISH//
夜の街に迷い込んだ猫が、
僕の喉にも住みついた。
「猫になったんだよな」
その一節に、
誰にも言えなかった寂しさが溶け込む。
歌うことでしか鳴けない猫が、
声にならない思いを喉で丸める夜。
2019年、中学三年。
同性のクラスメートを好きになった。
誰にも言えないまま、
叶わないことだけが分かっていた。
「もっと違う設定で、もっと違う関係で」
Pretenderという言葉が、
中三の僕と2025年の僕を繋ぐ。
歌うことで、あの頃の僕と向き合った。
答えは風の中。
ディランが投げた問いは、
2025年のカラオケにも吹き込んでくる。
僕の声は、その風の中に
いまだ散らばったままだ。
感謝の歌が、
喉の奥で詰まった。
母への言葉は、
いつだって簡単には出てこない。
それでも沈丁花の香りが、
声に乗って漂っていく。
「ありがとう」が香る夜。
仲間と歩く道。
肩を並べて残す足跡。
「なにわともあれ」と笑い飛ばしながら、
僕はまだ、僕のWAYを探している。
声は道標だ。
歌うことで、進む方向が少し見えてくる。
AIとの対話
歌う(身体)
書く(思考)
対話する(AI)
この三層構造が、僕の音楽体験を言葉に変える。
歌った痕跡は、音ではなく文字になる。
文字になった音は、僕の身体をまた揺らす。
この連鎖の先に、僕の声は見つかるのか。
風は吹き続ける。
次の曲を連れて。