舞台稽古メモ(08):役の人生を作ろう
台詞から「言葉 ← 体 ← 心」と逆算しようという話の続きをしたい.
◆キャラの大本を作ろう
この作業はけっこう面倒だ.
それに,やってみた結果ボツになるかも知れない.
けれどそれでも,ぜひやってみてほしいと思う.
◎なぜその場面,その瞬間にそういう感情が沸き起こるのか?
そのときの状況,相手の台詞や様子と,人物の生い立ちや過去のトラウマを掛け合わせる.
その感情を生み出すスイッチがどうやってできたのかを探る.
――これはかなり難しい.
その人物本人が自覚していないかもしれない.
脚本家も演出家もそこまでわかってないかもしれない.
正解かもしれないし不正解かもしれない.
正解はない.
その割に難しい.
でも,役者ならぜひトライしてみるべきだ.
◎なぜそんなにお勧めする?
役者にとって舞台の面白さは,頂いた役を舞台の上で「生き抜く」ことにある.
そのためにはその人物を,役者自身の中に作り込んで,一体化して棲みついてもらう必要がある.
自分とは異なる人間を自分の中に住まわせるには,その人物の一番深い所にある,感情・感性の根源を心の引き出しとして持っておくとやりやすい.
感情・感性の根源は,その役のキャラの大本.その人物の言動のスイッチングがここでなされている.
大げさかもしれないが,ここが「役作り」「キャラ作り」の要髄だと言える.
ただし,「人物と一体化する」と言ても,実際には役者によってやり方は千差万別.
唯一の正解はない.
試行錯誤するしかない.
しかし,その試行錯誤も舞台の楽しみの一つであることは間違いない.
楽しんで苦しもう.
◆キャラ作りのためのもう一つの逆算
根源探しの一方で,キャラ作りのもう一つのアプローチを紹介しておこう.
※こちらの方が「普通」のやり方かもしれない
キャラ作りの材料は第一義に,台本の中にある.それは台詞とト書きだ.
脚本家が伝えたい事はこの二つが全てだ.
だから,役者はこの二つから逆算して,台詞の心の状態を捉える.
手順を考えてみよう.
◎台詞とト書きの逆算(1)
★まず,人物に関する情報(台詞とト書き)を台本から抜き出す.
※その人物が話す台詞だけでなく,その人物について他人が語ることもある.それも抜き出す.
★そして,気になる台詞について,考えてみる.
1.その台詞をどういう心情で言う?ト書きにはなんて書いてある?
※とりあえず書いてある通りにやってみる ← 大抵,細かい理由は書いてない
※例:(わかりやすい例)
ト書き:あなたは戦に破れた将軍.傷つきボロボロ.王の前にひざまずいている.王の横の側近がつぶやく.
側近「お前がそのざまでは思いやられる」
将軍「何だと!」
ト書き:側近に詰め寄り胸ぐらをつかむ
2.その心情になった直接的理由・スイッチ・引き金を把握する.
※上の例から推測:なにが怒りスイッチになったのか?
a.相手の言い方が気に食わない
→ 相手と自分の関係は?
b.お前には言われたくない
→ 相手の立場・それまでの言動は?
c.相手に関係なく機嫌が悪くスイッチが入った
→ 直前になにがあった?
3.その感情反応は,キャストのどんな性格・思考・経験から来てるのか?
※上の例から推測:(以下はYesでもNoでも有り得る)
a.元々直情的な性格?
→ Yes: さもありなん(他に理由がないかも)
→ No : 理由は他にある
← 性格を象徴するような台本上の出来事・言動は?
b.相手に負の感情を持っている?
→ Yes: 相手が何を言っても腹が立つ
→ No : 理由は他にある
← 相手との関係を象徴するような台本上の出来事は?
c.直前に大きな失態を演じて恥ずかしい?
→ Yes: 自分に腹が立っている
→ No : 理由は他にある
← 台本上の出来事は?
ここまでは,その台詞・ト書きだけでなく台本全体を読めば,推測可能だ.
一つずつの言動が積み上がって「キャラ」を作っている.
※特に伏線になる台詞は重要なので,注意深く読む必要がある
◎人物描写は全部は書かれない
a.脚本家がストーリーにとって重要だと思えば,人物や場面は細かく書かれる.
b.脚本家が重要ではないと思えば,細かい描写は省かれる.
← 詳細な描写は,役者や演出家に対して,そこを大切にして欲しいという意味
では,細かい描写がなければ,その人物はテキトーに演じればいい?
→ そうではない.
細かく書いていない=ストーリー全体にとって大きな影響を与えることはない,という意味.
★役者がいい加減に演じてもいい,という意味ではない!
たとえストーリー全体に関わらないとしても,その人物を演じる以上,役者としてはそこで止まってはいけない.
◆台詞とト書きの逆算(2)
ここからさらに,その心理や感情が生まれる理由を逆算して考える.
答えは台本に書いていないことが多いから,推測するしかない.
※上の例からの疑問と推測:
a.直情的?←→冷静?:その理由・経緯は?
← その性格は生まれ持ってなのか.
← その人物はどこで生まれてどう育った?
← なにかのきっかけでそうなったのか?
← 性格に影響を与えた(トラウマになった)経験・体験は?
← 誰の影響を受けて育ってきた?
b.相手を嫌い?←→好き?:その理由・経緯は?
← 相手とはどこで出会ったか?
← 相手との考え・価値観の相違は?
← 相手との立場・生まれ・育ちの違いは?
← 相手とのトラブルは?
◎台本に書いてないことを知るには
上のように,一番奥深くの逆算はつまり
「台本にない,その役の人生の詳細を辿る」
ことである.
まてよ,と.
台本にも書かれていないことをどうやって知るの?
――確かに.
これにも唯一の正解はないけれども,例えばこういうのはどうだろうか.
1.登場人物に関する取材・調査をする
※台本の情報不足を外から補う
a.同様の境遇の人物が登場する小説やルポルタージュやを読む
b.行動心理学や認知心理学を勉強する
c.人物が住んでいた場所に行ってみる
d.人物と同じような事をやってみる(犯罪はダメ)
2.あらん限りの妄想力を働かせる
※無いものは作るしかない!
a.自分で細かい設定を決め,それに基づいて行動してみる
b.過去のトラウマイベントも設定し,そのせいでどんな思いをし,どんな性格になるのかシミュレートする
などなど.
◎「もののけ姫」のエピソード
こんな例がある.「もののけ姫」の重要人物(?)「乙事主」の声優は森繁久彌さん.この収録の時のお話.
乙事主の台詞の一つで,なかなかOKが出ない.森繁さんも納得できなくて悩んでいる.
宮崎駿監督が森繁さんの側にきて囁く.
「乙事主は昔,モロの君と恋人だったんです」
すると森繁さん「ああそうか」といって,見事にいい台詞になった.
※同様のエピソードがモロの君の声の美輪明宏さんの収録でも残されている.私が記憶しているのは森繁さんなんだが……
乙事主とモロの君の恋.そんなものストーリーのどこにも出て来ない.
もしかしたら宮崎駿も収録現場での思いつきかもしれない.
が,それを想定することで,乙事主とモロの君の互いの気持ちに一本筋が通る.
大変かもしれないが,こういう調査や想像は楽しい.
そして,いろいろな意味で役に立つ.
ぜひ思い切ってトライしてほしい.
◆役の大小は関係ない
「自分の役は台詞が一言しかない.一回しか登場しない.そこまでする必要はないでしょ」
← これは,大間違いだ.
舞台は小さな社会だ.
実社会では,一人一人がそれぞれの人生を歩み,集まって活動している.
いつかどこかで生まれていつのまにか育って,いつのまにか会社に通ってる
なんていう,いいかげんな設定の人間は,この世の中にはいない.
舞台でも同じ.自分の役が一言だけ――いや,台詞がなくてただ舞台にでてくるだけの「端役」だとしても,その役の人物は,世界に一人しかいない.
そう,あなただけだ.
だから,端役なんていう役はない.
例えば台本に「その他大勢」と一言書いてあり,その役で登場するならば,その中の一人ひとりは人生を背負った人間であるべきだ.
※そもそも,どうでもいい役,いなくてもいい役は台本に書かれない.
だから,役者はどんな役でも,一人の人生としてキャラの考証をするべきだと思う.
しっかり逆算して,その人の生まれや育ちを作っておきたい.
◆手広くキャラ作りをすすめる
これまで逆算してキャラ作りを進める話をしてきたが,キャラ作りにも「やめてほしいこと」がある.
◎キャラ作りの禁忌
a.キャラ作りを頑張るあまり,台本の設定を覆したりねじまげるのは×だ.
b.最後に舞台全体を見て判断するのは演出家.
→ 勝手に自分だけの思い込みでキャラを決め打ちしまうのは危険だ.
c.だからといって何から何まで演出家に聞くのはもX.
→ 全体を見渡さなくてはならない演出家の時間をどんどん奪ってしまうことになる.
d.さらに言えば「キャラの人生なんてどうでもいい」っていう演出家もいるかも知れない
→ だとしたら,聞くだけ無駄に……(^^ゞ.
※アングラとか前衛舞踏集団とか,勢い中心の劇団はそんな感じがするする(主観)……
← それもアリ.芸術に正解はない.
「じゃあ自由にキャラ作れないじゃん」と思うかもしれない.
――その通り.キャラは自分勝手に作るもんではない.
作家がいて演出家がいて,他の登場人物がいて,自分の役に絡んでくるんだから,当然.
だから,自分でキャラの研究をする時には,ひとつの解だけを決め打ちせず,状況に応じていろんなキャラを生み出せるように,心と頭を柔らかくしておこう.
◎稽古場が実験場
キャラ作りで想定したものは,稽古でいろいろと試そう.
演出家・共演者と一緒に,方向性を確認しながら,キャラの方向性を決め,磨きをかけていく.
★演出家は最初から最適解を求めてはいけないということになる
もちろん,思うようにはなかなかいかない.
自分でこれだ!と思ってやってみたら,演出家がNGとか共演者が「やりにくい~」とか.
これには柔軟に対応するしかない.
どうしても納得できなければ,キャラの設定も含めて共演者と「すり合わせ」し,演出家に相談するべきだと思う.
よい作品を作りたいという気持ちは演出家も役者も同じ.
→ 舞台づくり/役作りの情熱は演出家も共演者にも伝わると思うし,話をする中で演出家を動かすこともできるかもしれない.
思うようにいかないから面白い.「勝手に自分だけで決め打ち」は避けよう.
◆逆算の作業は丁寧に
ここで大切してほしいのは,台詞やト書きから始めて,ひとつずつ逆算をする作業の手順だ.
大切なのは「一段階ずつ逆にたどる」こと.
← 一番遠い・深い場所を掘ろうとすると,道に迷った時に戻れなくなるよってこと.
「どうせ生まれや育ちを考えるんだから,そこから考えればいいでしょ」
――それも×ではない.×ではないが,落とし穴がある.
それは,決めたキャラの背景が,すべての台詞に矛盾なくたどりつけるかといえば,それはまったく保証がないことだ.
※特に台詞や場面がたくさんある場合
たどりついた結果として
「こんな性格の人はこんな台詞は吐かないよ.だから黙っとくわ」
になってしまったら,舞台が成り立たなくなる.演出家も共演者も迷惑する(^.^).
だから,一つ一つの台詞を丁寧に逆算して,台本上離れた台詞にも配慮して,その役の人格というものをなるべく矛盾のないように作り上げていこう.
面倒だけれど,納得しながら進める方が,精神衛生上,よろしい(^^).
どうやっても矛盾する場合は脚本家・演出家に相談しよう.
結構長くなりましたた.すいません.
※次回は,なるべく苦しまずにキャラ作りするコツは?というお話.
以上.
2022/05/22, 初出:2012-10-04