舞台稽古メモ(06):声を出す~母音発声
が,当初の「声を出す」ところからずいぶん離れてしまったので,いったん巻き戻そう.
◆声を出す技術にもどろう
今回は具体的なメニューの提案を含めた話をしたい.
人が声を出すときには,必ず感情や気持ちがあり体が反応する.
これまでに言ってきたことだが,舞台で発声するという特殊な状況では,やはり基礎ができていなければ,いくら感情を込めたところで,すべての客席には届かない.
「すべての客に声を届ける」
これは,役者の使命だ.しかしただ大声を張り上げればいいのではない.
芝居だから喜怒哀楽を表現しなければならない.
舞台やホールにはさまざまな大きさがあるから,役者はそれにあわせて声を調整しなければならない.
年季の入った舞台俳優は, 「ささやき」でも客席に届く.
なぜそんなマジックのようなことができるのかと言えば,やはり技術としてトレーニングを積んだ賜物だとしか言いようがない.
逆にいえば,トレーニングさえきちんと積めば,ほとんどの人が身につけることができるはずだ.
◆究極の声とは
生で声を大きなホールで届かせるということだけを考えると,日本ならば古典芸能である能・狂言・歌舞伎の発声法にたどりつくという.
歌唱ならば「ベルカント唱法」と言われるオペラの歌い方に例えられるだろう.
これらは,ものすごく響く.遠くまで届くのが特徴だ.人間が出せるボリュームとは思えないほど響く.
それは素晴らしいことだ.
しかし,現代の日本人が能・狂言・歌舞伎の台詞を聞いて,どれだけはっきりと聞き分けられるだろうか?
あの発声は究極の発声ではあるけれども,言葉の明瞭さを犠牲にしている.
能や歌舞伎を始め,古典芸能はPA装置(マイクとスピーカ)を使わない.
※当然,そんなものがない時代のものだからだ.
生声だけで数百人のお客さんに楽しでもらうには,どういう声の出し方をすればいいか?
――それを数百年,工夫し続けてきた結果,言葉の明瞭さを犠牲にしてでも,音韻つまり音の響きとして届けることを選んだ.ベルカントも同じ意味があると思う.
言葉よりも響きの届きやすさ,美しさ.
能狂言の発声法を否定しているわけではない.
あれは素晴らしい発声法だと思うので,機会があればぜひ習いたいし皆に習ってほしい.
小中学校の必修科目にしてほしい.
→ しっかりした声をだす基本はばっちり身につくはずだ.
ただし,あのままでは現代劇には使えないのもまた,確かだ.
◆もう一つの究極:劇団四季
今や日本のミュージカル界を牽引する「劇団四季」.ここの役者は「明瞭さ命」の発声法を叩きこまれる.
いわゆる「四季式発声法」といわれるもので,わざとらしいほど口をあけ,言葉の一粒一粒をはっきりくっきり発声する.
この発声法は,わざとらしくて気になってしょうがないという人もいる.また,感情を乗せにくいとも言われる.
しかし,現代の日本語を使った舞台での発声法の中では,この四季式発声法は究極の到達点だと思う.
劇団四季の有名な標語(?)に「一語落とすものは去れ」という言葉がある.
四季の芝居は「言葉を一語残さず客に届ける」ことに徹底しているという点で,突出している.
四季では母音発声を徹底的にトレーニングする.
歌もセリフも,すべて母音のみで発声し,きちんともとの歌詞や文章がわかるくらいに言葉を粒だてる稽古を,一日何時間もかける.
→ これが「四季式発声」を生み出す.
いわゆるアマチュアの劇団は個人差が大きい.
表現としての最終段階での個性はあってもかまわないが,言葉を届ける基礎段階での個人差はない方がいい.
三輪車にしか乗れない人と,フォーミュラーカーを運転できる人が混在していては,どちらにも不幸なのだ.
明瞭に言葉を届けるという強い意識と基礎トレーニングを通じて,その劇団独自の「空気感」というものを作り上げることができると思う.
ただし,この世界にあまたある社会人劇団,学生劇団,市民劇団は,時間の制約があるゆえに劇団四季のようなことは難しいかもしれない.
しかし,四季にはなれなくても,基礎としての四季式発声のトレーニングはやれる.
◆母音発声法
劇団四季にはなれなくても,真似はできる.今までいろいろ調べてきた中で「これは!」と思うものを紹介したい.
それが,母音発声法だ.
母音発声法とは,母音だけで台詞や歌を歌う.
母音だけで,言葉の一粒一粒が分かるように,ひたすら何度も繰り返す.
◎母音は,言葉を一つ一つ伸ばしたらすぐに分かる.
例えば,「か」を伸ばすと「カーーー」で最後には「アー」という音が残る.
それが母音だ.
1. 台詞や歌から全部母音を取り出して,母音だけで発声する.
2. 一つ一つをハッキリ分ける.
これをやると,口の構造すべてを使うので,すごく口やあごが疲れる.
たとえば,高野辰之の「故郷」を歌ってみよう.朗読でもいい.
code:故郷の仮名表記
うさぎおいしかのやま こぶなつりしかのかわ
ゆめはいまもめぐりて わすれがたきふるさと
これは,母音に置き換えるとこうなる.
code:故郷の母音表記
うあいおいいあおああ おうあういいあおああ
うえあいあおえういえ あうえああいううあお
これで歌ってみよう.
歌が難しければ,発声してみよう.
最初は単純な歌や言葉でいい.
はっきり聞き取れるようになるまで,しっかり口とあごを動かして,何度も何度もやってほしい.
そして母音発声をした後に元の台詞や歌に戻してみよう.
自分でもびっくりするほど声が明瞭になっていること,請け合いだ.
※次回は,さらに別の発声法,「Z発声法」を紹介する.
【今回のまとめ】
トレーニングすれば声は届くようになる
究極の発声は能・歌舞伎・ベルカント
でも現代演劇には使えない
四季式発声法がおすすめ
母音発声を台詞でも歌でもやってみる
以上.
2022/5/1, 初出: 2012-09-15