物質性/アイデア性 (note)
ミニペーパー
UIには物質モデルとアイデアモデルがあるという話がしたい。
2Dウィンドウを配置するという行為は現実世界の物質っぽくて、スマホやiPadのアプリを切り替えるという行為は物質から離れていて概念っぽい。何がこの差を生んでいるのか?
軸が複数ありそう
配置が連続的 vs. 離散的
2Dデスクトップは、連続的な好きな位置にウィンドウを配置できる(できてしまう)ので物質的
iPadのAppスイッチャーは、離散的にしか変えられないのでアイデア的
現実世界の座標が連続的で、「数える」みたいな操作をするのが人間なのでこの軸が起こる
永続的 vs. 刹那的
2Dデスクトップは、いくら時間が経っても元のアプリが同じ場所にあることが保証されているので物質的
iPadのAppスイッチャーはいっぱいアプリを開くとどんどん押し流されて、途中でタスクキルされても気づかないのでアイデア的
物質は存在し続けるが、アイデアは人間に忘れられたら消えるのでこの軸が起こる
配置が1次元以上 vs. 0.5次元
2Dデスクトップは2次元の好きな位置に配置できるので物質的
写真アプリとかは時系列で、時系列には始まり(最も最近の写真)はあるけど終わりはない(0.5次元)のでアイデア的
空間は自由に移動できるけど時間は0.5次元で、物質は空間に配置されていてアイデアは時間に配置されている(!)のでこの軸が起こる
人間の思考がシングルスレッドのため
(ビジュアルが具体的 vs. 抽象的(表象的))
これは軸として紛れもなくあるけど、一旦見た目の話ではなく振る舞い・性質の話がしたい。どちらかというと見た目が振る舞い・性質に左右されると思う
スケール vs. レスポンシブ
画像や3Dモデルは大きさを変えるとそのままスケールするので物質的
2Dウィンドウは大きさを変えると中のレイアウトが適宜折り返されるのでアイデア的
物質は形を変えないが、アイデアは形がなく、その時々のメディアを間借りしているだけなのでこの軸が起こる
自分の感覚では、ズームアウトに従って情報量が減っていくGoogleマップみたいな感じならアイデア的、逆に紙の地図みたいにただ文字が小さくなっていくだけなら物質的という感じかな
アイデアには「大きさ」というものは物理的な意味では存在しなくて、抽象度だけがある
なんか、zoomした時の、そのコンテンツは物質的なんだけど、zoomするという機能がアイデア的な気がする。
インプット手段が豊富 vs. 限定
VRのハンドトラッキングのアプリ(Hand Physics Labとか)は手の連続的なチャンネルを全部使えるので物質的
普通の2Dウィンドウは限られたインターフェイスを通して入力する(マウスかキーボード)のでアイデア的
物質にはあらゆる感覚器でインタラクションできるが、アイデアには感覚器でインタラクションできないのでこの軸が起こる
こう考えると、例えばTwitterのタイムラインはかなりアイデア的といえる。唯一怪しいのは永続性だけど、どんどん下に流れていくのを消えていくと捉えれば刹那的で、ここに挙げた条件をすべて満たしている。
Twitterは「オブジェクト指向」ではあるのが面白い。「オブジェクト」には実は物質的なものとアイデア的なものがあったということなのだろう。衝撃の事実じゃん!
VR内に出てくるオブジェクトはほとんどの場合その対局にある。あまりに対局すぎてウケるな。というか、やっぱりVRで今独自性とされているのは、真に物質的なバーチャルオブジェクトを作れる点が大きい。
空間依存度にも近い話。
https://gyazo.com/b901de3164146581af24f1e36b6f1ff6
https://twitter.com/Daxelbook/status/1654012951567941632?t=8NpuSHGRHV8LWyzEu-BmBg&s=19
ドラッグアンドドロップで再生。物質的だ
手の倫理に出てくる図
https://gyazo.com/57408547d27bc959399cd67e8e5c92c6
Takram 同期にこれの説明をしたけど「アイデア的」という単語はかなりミスリーディングくさいので控えたい。
これが「FigmaはCAD(/dp9-database/デザインツール史)」にも結びつくということに今気づいた。CADは極力アイデア的に作ろうとする話なので。
https://youtu.be/5pTBSafvQ7Y?si=k3LgGrwjdPeJ3ozA
直線的にレールを並べていくことでレベルをデザインする。
noteの計画
抽象的なことを書きすぎないように気をつけろ!!
下調べ
記号的UIって話はめっちゃ既にありそう
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/iii_01/7/notes/ja/2003-7.PDF こういうことではなく、UI自体が記号的な振る舞いをするか物質的な振る舞いをするかという話
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/iii_01/8/notes/ja/2003-8.pdf 素直にこれめちゃくちゃいい資料だ。石田英敬さん
ソシオメディアのガイドラインになかったからない説(暴論)
メタファではなくイディオムがいい話はアランケイも言っていたな
タイトル
ウィンドウ疲れ
「ウィンドウ」疲れ
ウィンドウよりタブがいい
若者のウィンドウ離れについて
物質的/記号的なUIを眺める
もう一段階手前の問題提起?
導入:手頃な事例
普通にタブが増えてるって話でいいのかな?
エクスプローラ
Finder
https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/619/2619080/ を見る限り2013からあったっぽい
ターミナル
Macは2015からあった。こうしてみるとMacのタブはかなり早くからあったんだな
メモ帳(Windows)
Arcの話でもいいか。今までウィンドウを使っていたものが1個になっている
Photoshopとかが1つのウィンドウになったのはいつだろう
CS2: 別ウィンドウ
CS3は中間くらいに見える
CS4は完全に今の感じ
Notion, Figmaなどがタブを採用している
このタブの増加は、UIの物質↔記号のスペクトルが関係しているよ
スマートフォンとPCのアプリのモデルの違い
PC:2次元かつ連続的な配置が可能・オーバーラップする
スマートフォン:0.5次元かつ離散的な配置、オーバーラップしない
スマートフォンのモデルに慣れたせいでPCの過剰な自由度の高さがわずらわしく感じている
PCは「デスクトップ」メタファを採用していて、実際のモノを置くような感覚で置いていける。これを「物質的」と呼ぼう。一方スマホみたいな挙動をするものは世の中に存在せず、我々の頭の中にしかない。これを概念的/イデア的と呼ぼう
noteの計画2
スマホとPCのアプリ操作の違い
最近PCを使うたびに思っていることがある。ウィンドウを使うのが面倒くさい
新しく出たArcというブラウザはウィンドウが最小限になるようになってるね
この違いはどこから生まれているのだろうと考えたときに、物質性がある・概念性があるUIというのを思いついた
物質性のあるUI:振る舞いが現実世界の物体に近い。現実世界の物体を画面の中に落とし込んだ、というもの
概念性のあるUI:現実世界の物体から離れていて、独自のルールに基づいている。人間が認識している概念を画面の中に表した、というもの
アナログなUI・デジタルなUIとも言えるか?(これは語弊を招く)
記号的という単語が敬遠を招くような気もする
スマホとPCにおける物質↔概念のポイント
PCでは位置を指定するときにx, y座標を連続的な値で指定するが、スマホでは順番しかない。順番というのは人間の認識の中にしかないものであり、抽象度の高い、概念性のあるものである
PCでは自分が物理的な位置を1つずつ指定しないといけないが、スマホでは勝手に時系列順に並ぶ。そんな勝手に並んでくれるようなものは現実世界になく、人間の頭の中にしかない。これも概念性がある
人間の頭はものの正確な位置を覚えるようにできていない。頭の中を外に出した、というものはたいてい概念性がある
(PCアプリでもウィンドウが減ってタブが増えている)
しかもFigmaとかNotionは別のウィンドウを開けるわけですらない
1つ1つ丁寧に指定するか、ルールで十把一絡げに指定するか
画像におけるラスターとベクター
現実世界はラスターでできている。ここからこっちは白!とかここに等間隔で整列し続ける!なんてことはできなくて、頑張って塗っていく必要があるし頑張って配置する必要がある
3Dにおいても頂点ベースかプロシージャルかという軸がある
これは物質的 vs. 概念的の軸にある程度対応する
FigmaはCAD
複数のコンポーネントを束ねるルールを導入できるようになった。これが一番概念的
VRにおける物質性と概念性
VRの物体は基本的にどこにでも配置できる。真の物質性を探求できる
オブジェクト指向、とは物質のことではない
概念もオブジェクトたりうる
我々の認識を画面の中に表したのが概念的UIで、現実世界の物体をそのまま画面内に持ってきたのが物質的UI
すべてのソフトウェアは物質性と概念性の入れ子になっている
テキストも一文字一文字を見たら物質的なベクターデータである
最終的にアウトプットされるのは、物質的なデバイスにくっついた物質的な画面
でも頭の中の概念に直接繋がって操作しているような気にさせてくる、適度に概念的な要素があるのがコンピュータの気持ちいいポイントだと考えている
導入がまだ微妙だ、普段使ってるツールに引き寄せる話から始めたい。これを何も知らない人にどう説明を始めようか
最近Arcというブラウザが流行の兆しを見せています。Split screenができる!
それめっちゃ欲しい、という人もいれば、そんなの新しくウィンドウを作れば良くない?という人もいると思います。
でも最近感じているのは、「ウィンドウをいちいち開くのはだるい」ということなのです。
ここからメインの主張に行くのむずいな
noteの計画3
やっぱ、「ぽっと浮かんで消える」って意味ではアイデア的って言葉のほうがいいと思った
最近Arcというブラウザが流行の兆しを見せています。タブが勝手に消える!
一見ヤバいと思ってしまう。勝手にChromeのタブが消えたら嫌すぎる。でも使ってみると意外と気にならない。
実は、似たようなことが起こっている場所が身の回りにもうあります。スマホのアプリ切り替え画面です。こっちは後ろのほうが消えてても誰も気づかないし、文句を言わない
ではなんでも消えていいのかというとそうでもなく、もしPCのウィンドウが最近使ってなかったからという理由で勝手に消え始めたらブチギレですよね
どうやら、画面内の世界では「勝手に消えていいもの」と「勝手に消えてはいけないもの」があるみたいだ
これをよくよく考えた結果、「物質的なUI」と「アイデア的なUI」があることを見つけた。PC、スマホ、そして今ホットなVRの性質を考えるのにクリティカルな話題だから、ぜひ最後までお付き合いください!
物質的/アイデア的とは何か
言葉で説明するのは難しいのですが、平たく言うと「どれくらい現実の物体に似た挙動をするか」という尺度です。
現実の物体は勝手に消えたりしないですよね。PCのウィンドウは勝手に消えないので物質的だといえます。
一方勝手に消えるArcのタブは、日々脳内に浮かんでは消える考え事:アイデアのようだと感じたので、アイデア的という名前をつけてみました。日々の考え事が勝手に消えていくことに文句を言っている人は見たことがないし、もしすべて残ってしまったら脳内がぐちゃぐちゃになりますね。残したかったら、物質であるノートにメモを取るということになります。
あるアイテムが勝手に消えていいのか悪いのか、というのは、我々がそのアイテムのことを物質的だと思っているか、それともアイデア的だと思っているのかに関係していそうです。
物質性・アイデア性をもっと詳しく考える
ここまでは消えるか消えないかという話をしてきましたが、物質性/アイデア性の軸は他にもあります。
永続的/刹那的、配置が連続的/離散的、配置の次元が多い/少ない、スケール/レスポンシブ
1つめは先ほど紹介したものですが、他のも見ていこう
配置が連続的/離散的
離散的なものはより物質から離れている感じがする。現実世界にこんなふるまいをするものはないので、アイデア的と呼ぼう。
MacのデスクトップとiOSのホーム画面
配置の次元が多い/少ない
(スケール/レスポンシブ←これ別の話かな……書かなくてもいいかも)
改めて、ウィンドウとタブとスマホアプリの関係
ウィンドウはこの中のほとんどの軸において物質寄りの振る舞いをしている
スマホアプリは逆にめちゃめちゃアイデア寄りの振る舞いをしている
タブは永続的ではあるが、配置は離散的で1次元なので、間くらいになっている
Arcのタブは永続性すら捨てているのでよりアイデアに寄っているけど、配置は依然として変えられるからスマホアプリほどではない
物質的なUIは自由度が高く管理が煩雑、一方アイデア的なUIは自由度を下げることで管理を楽にしているという特徴がある
ちなみにこれは結構いろんなところに使える概念で、例えばTwitterはアイデア的UIの代表例!Instagramのプロフィール画面を整える行為とかはわりと物質的だよね、2次元だし配置が重要だし永続性に基づいてるし
人間はタブをつい大量に開いてしまう。Arcがこの仕組みを採用したのは、最近のタブの使われ方がどちらかというとアイデアに近い性質を持っていると見抜いたからである
Arcに代表されるように、最近はよりアイデア的なUIが台頭しているのではないかという仮説がある。これはスマホに慣れたこと、我々を取り巻く情報環境がどんどんカオスになってマネージしきれないということが大きい。
アイデア的UIの台頭
タブがどんどん増えている。Notionにはタブがあるけどメモアプリにタブがあるって昔は聞いたことなかった。Windowsでは最近エクスプローラやターミナルにもタブ機能が追加された。
これらはすべて以前だったらウィンドウとして使わないといけないものであったが、ウィンドウの持つ自由度がtoo muchだという合意が広まった結果、意図的に自由度を下げて管理を楽にするアイデア性が導入されたといえる。
ちなみに、Webベースのアプリが増えたことによりタブとの相性がよくなったからという話もあり、これは「ファイルシステムよ、さようなら」をお読みください!3年前の記事だけど順調に進行しています
ウィンドウをアイデア的にする試みも多い。
昨年追加されたStage Managerは、macOSから見るとウィンドウをアイデア側に寄せているし、iPadOSから見るとアプリを物質側に寄せている。すごいと思ったけど両方において意外と使われてない印象なので、ユーザが期待しているものとは違うのかも?
Windowsのウィンドウスナップも最近強化されたし、Linuxの世界ではタイリングウィンドウマネージャが隆盛してきているな
コンピュータの歴史と物質性・アイデア性
そもそも最初はアイデア的なことしかできなかった。CUIはテキストであり配置は存在しない
初期のWindowsとか実はタイリングウィンドウマネージャと同じようなことをしている
そこからさらに物質化が進んで今の「ウィンドウ」が出てきた。これは一般大衆に受け入れてもらうための「メタファ」として生まれた
でもスマホという制約の中で生まれたアイデア的UIが普及し、みんながデジタルコンテンツというものの性質に慣れた結果、アイデア的UIが復権してきていると考えられる
これは去年書いた「UIの脱色」と似た流れ(読んで!)。民衆が徐々に、デジタルなものをそのまま理解できるようになってきた結果、余計な自由度が削られコンピュータ本来の性質が浮き出てきている
今来ている潮流であるAIやVRとの関係
今のAIは超アイデア的
そもそもスマートスピーカーと会話していた頃から大してインタラクションは変わってないわけだけど、永続性はゼロだしなんなら再現性もゼロだし、配置はそもそも存在しなくてその都度アプリケーションが生成されるという点でアイデア的
今のVRは超物質的
まず配置できる軸が3つに増えるわけだし手で直接触れるのは物質的以外の何者でもない
visionOSを見てみても、結構物質的側面が強いように思える
一方で、ARは物質にアイデア的側面を追加するという見方もでき、どうなるかわからないね〜
そもそも物質的・アイデア的というのはグラデーションでしかないし、入れ子構造にもなっているのでどちらかだと断定することはできない
長々と話してきたが、要するにUIには物質的なものとアイデア的なものがあり、永続性や自由度が大きく関係している。ブラウザのタブはちょうどその間くらいにあり、どちらだと認識してほしいかはUIが、デザイナーが決めている。これを自覚するだけでも、日々の見方が少し変わるのではないか。