梅棹忠夫は分類について何を語っていたか
梅棹 整理好きというより、日本のインテレクチャルはひじょうにまちがっている。全部、分類がほんとうに好きで、すぐ分類したがる。整理って言ったら分類だと。わたしからすれば、分類には意味がない。分類はするな。
小山 整理と分類はちがう
梅棹 ぜんぜんちがう。「分類するな、配列せよ」。機械的に配列や。それでいったらいいんや。大事なのは検索。しかし、ほとんどは分類して、それでおしまいになってる。
『梅棹忠夫、語る』
カードは、適当な分類さえしておけば、何年もまえの知識や着想でも、現在のものとして、いつでもたちどころにとりだせる。カード法は、歴史を現在化する技術であり、時間を物質化する方法である。
『知的生産の技術』
こういうわけだから、カードが何枚たまっても、その分類法についてあまり神経質になる必要はない。分類法をきめるということは、じつは、思想に、あるワクをもうけるということなのだ。きっちりきめられた分類体系のなかにカードをほうりこむと、そのカードはしばしば窒息して死んでしまう。分類は、ゆるやかなほうがよい。
『知的生産の技術』