ブックカタリストBC131用メモ
きっかけ
浦川通『AIは短歌をどう詠むか』(2025/11/25読了)が面白い
浦川通(うらかわとおる)
1988年、埼玉県生まれ。メディアアート・広告制作を経て、2019年より朝日新聞社にて自然言語処理の研究開発に従事。主な作品・仕事に「バイナリカードゲーム」(NTTインターコミュニケーション・センター/2014年)、「意識の辞書」(スパイラル/2017年)、「穴埋め式世界ことわざ辞典」(TRANS BOOKS DOWNLOADs/2020年)、「短歌AI」「朝日歌壇ライブラリ」(朝日新聞社/2022年〜)など。AI生成を一部に含む連作「バニラ・シークエンス」で第64回短歌研究新人賞最終選考通過。 短歌AIをつくる難しさ
AI(生成AI)の基本的な解説から
AIでテキストを扱うこと
入力があって、続きを生成する
まず57577というきまり
モーラ(拗音、長音、促音、撥音(ん))
次のトークンの選び方→貪欲法(一番高い確率を選んでいく)。
選択肢の数k、確率の幅p
WIkipedia短歌(短歌もどき)
「当たり前への固執」
ごく普通の文章ができる(57577だが短歌らしくない)
文章として成立していながら、いかに飛躍を生むか。
納得感と飛躍の組み合わせ。
ちょうどよいところへ短歌を着地させる
短歌AI→俵万智AI
俵万智本人
初夏の光とともにやってくる午後の地下鉄ふくらんでゆく
初夏の光とともにやってくる山手線がふくらんでゆく
短歌とは呼べないものと短歌を比べてみることで、「短歌らしさ」を感じることができた
「よし、短歌を学んでみよう!」
学び方の進め方
有限化する(期限と範囲と達成目標)
定義を知ってもよめるわけではない
意外な発見
改悪例で示す
例
空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態(平岡あみ)
空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋は散らかっている
短歌とビジネス文章(散文)では伝えたいことが違う(価値が逆)
短歌において手渡される情報は社会的なものじゃない
例
目薬は赤い目薬が効くとい言い椅子より立ちて目薬をさす(河野祐子)
目薬はビタミン入りが効くとい言い椅子より立ちて目薬をさす
目薬はVロートクールが効くとい言い椅子より立ちて目薬をさす
下にいくほど情報としての精度が増す、上はその人の固有の「何か」(ミステイク)が増える
私たちは、社会的に正しい情報を使おうぜとお互いに見張りあっている
おっさんが住宅地にしゃがんでじっとしている→「どうしたんですか?」
コンタクトレンズを探しているんです
ダンゴムシを観察しているんです
蝶々の唇を探しているんです
下にいくほど社会的にNG
なぜ「コンタクト」はNGではないのか→ツールだから→生きのびるための
僕たちは「生き延びる」ために生まれてきたのか?→「生きる」ためではないか
「生きのびる」は明瞭、「生きる」は不明瞭
それは一人ひとり違っている
とは言え、「生きのびる人」と「生きる人」の二分ではない
まず「生きのび」ないと「生きる」ことはできない
「新聞記者で詩人」→言葉の体系を切り替える
僕らもそうやって生きている
学校で短歌や詩は教えにくいとよく言われる→学校が言葉のベクトルを「社会」に矯正するから
社会化装置
でも、言葉に対する希望や期待を残しているのではないか
僕らは二重に生きている→代理がある世界とそうでない世界と
唯一無二性がないのか、あるのか
以上、第1講 『僕らは二重に生きていて、短歌を恋しいと思っている」
第2講 短歌の中では、日常とものの価値が反転していく
例
鯛焼きの縁のばりなど面白きもののある世を父去りたり(高野公彦)
ほかほかの鯛焼きだったら?ステーキだったら?
短歌では、社会的に価値のあるもの、正しいもの、価値のつくもの、名前のあるもの、強いもの、大きいものはNG
逆に、価値のないもの、換金できないもの、名前のないもの、しようもないもの、へんなもの、弱いものの方がいい
例
少年の君が作りし鳥籠のほこりまみれを蔵より出だす(佐藤恵子)
金賞とりたる絵画、「だいすきなおかあさんのか」だったらどうか
ラベリングした感情、それ以上の感情があるかどうか
世界が展開する、「それ以上の感情」があふれる余地がある
第3講 いい短歌とは、生きることにはりつく短歌
生きるは一人ひとり違う→それにはりつくような言葉はどうか?
「生きる言葉ってなんなの?」を一言でまとめることができない
しかし、僕らがいろいろな形でその答えを求めようとすることだけは確か
戦略としては、「生きのびる」と「生きる」を同一視すること
あるいは、恋愛・旅行や・ギャンブルみたいなジャンルに生きがいを求める
社会的なフレームが弱まる時空間
詩歌には詩歌の言い分がある
例
私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない(田中有芽子)
存在しないものについても考えても無駄→カウンターを当てている(当てることになっている)
「生きる」ためにOKなものをはかる尺度→忘れられないかどうか
「死ぬ日に覚えている思い出が一個でも多い人生が良い人生ではないか?」
「生きる」ことへの憧れは、「生きのびる」ということの強制力に対する反発の形になる
泥棒は反社会的ではない。詩人こそが反社会的
社会が世界のすべてじゃない
実際にどう生きるかということは別として、言語レベルで、社会と世界はイコールではないんだと、世界というのは人間だけが構成員じゃないんだということを確認するとか、そういうことを、はっきり言語でおさえることって重要だと思いますね。p.107
第4講 短歌を作るときはチューニングをずらす
留学生は助詞が不安定→助詞が正しければそれでいい?
「間違いなく、正しいところに落とし込め」という強制力は、サバイバルのもの
短歌の根源的な特徴は五七五七七であることなので、そこにはどれだけこだわってもこだわり過ぎることはない
例
銀杏が傘にとぼとぼと降ってきて夜道なり夜道なりどこまでも夜道(小池光)
では機械的にはみ出た言葉を五七五七七にすればいい短歌になる?
たとえば冗長さを嫌って短くすると?
夜道なりけり
小説と短歌の違い
五七五七七という定型意識があるからこそ(禁忌をやぶっているからこそ)
共感
驚異→共感
一度ワンダーに触れてからシンパシーに戻ってくる
素敵なことを書くと失敗する
ずっと訓練してきたことの逆だからなかなか難しい
今年の手帳に短歌を書いてみた
https://gyazo.com/3131eb0e44a2196952e5759528cf6149
自分が詠んだものだけでなく、見かけたものをコレクトする用途でも
https://gyazo.com/30d9c01695ca535a81c5ba73f0b7af23