ブックカタリストBC110用メモ
取り上げる本
『エスノグラフィ入門 (ちくま新書 1817)』
書誌情報
出版日:2024年9月11日
購入日:2024年10月30日
出版レーベル:ちくま新書
著者:石岡丈昇(いしおかとものり)
1977年、岡山市生まれ。専門は社会学・身体文化論。日本大学文理学部社会学科教授
『タイミングの社会学』『ローカルボクサーと貧困世界』や『質的社会調査の方法 -- 他者の合理性の理解社会学 (有斐閣ストゥディア)』
フィリピンのボクシングジムやスラムをめぐるエスノグラフィーを書いてきた
「貧困」や「身体」といった主題に関心を持っている
どんな本か?
大学生向けに「エスノグラフィー」の魅力を知ってもらう
目次
はじめに
第1章 エスノグラフィを体感する
第2章 フィールドに学ぶ
第3章 生活を書く
第4章 時間に参与する
第5章 対比的に読む
第6章 事例を通して説明する
おわりに――次の一歩へ
前半:本書の内容紹介
たとえば、空気について考えること
自明なものに目を向けることは、社会を別の仕方で考えることにつながる
エスノグラフィは、自明なものに立ち還ることで、社会や世界をこれまでとは別のかたちで問うこと、さらには描くことを探究する実践
人びとが実際に生きる場面を丁寧に記録紙、その現実感から飛翔しないで社会や世界の成り立ちを見つめてみる
社会の調査方法
統計的資料を駆使する→具体的な姿は捨象される
数字は距離をとって認識をつくりかえる、エスノグラフィは距離を縮めることで認識を刷新する
人びとが現に生きている場から離れないで人々の生活を描き出すのがエスノグラフィ
ある対象世界(フィールド)に分け入り、そこで長期にわたって過ごしながら人々の生活について記述する研究方法
そうして生み出された作品そのものもエスノグラフィと呼ばれる
もともとは人類学の分野で発展してきた→「人間とは何か?」
それが社会学にも
エスノグラフィの核心
生活を書くこと(著者の主張)
生活を書く、と耳にすると、とても平凡なことのように思えます。人びとは、どんな日々を送っているのか。いかなる秩序が形成されていて、何に希望を感じているのか。生活の実際上の困難はどこにあるのか。こうした平凡とも思えることを丁寧に書くのです。目に留まりやすい「劇的な事件」を書くのとはきわめて対照的なアプローチです。
猟奇的な殺人も、不思議なミステリーの謎解きもない。
ボクシングでいえば、劇的なKO試合ではなく、普段の地味な練習風景を分厚く書いていく。練習だけでなく、食事や選択といった平凡なことを丁寧に記録する。
そうした記述は簡単そうに見えて難しい。
ミステリーを別の場所に見出す力
本書はそのレッスンを開示していく
ものを習うとき、それがどういった原理に基づいているのかを解説してもらうことは不可欠でしょう。でも同じくらいそれがどのように行われているのかを見て盗むことも必要であるはずです。
最終的な説明
エスノグラフィは、経験科学の中でもフィールド科学に収まるものであり、なかでも①不可量のものに注目し記述するアプローチである。不可量のものの記述とは、具体的には②生活を書くことによって進められる。そして生活を書くために調査者は、フィールドで流れている③時間に参与することが必要になる。こうしておこなわれたフィールド調査は、関連文献を④対比的に読むことで着眼点が定まっていく。そうしてできあがった⑤事例の記述を通して、特定の主題(「貧困」「身体」など)についての洗練された説明へと結実させる。
第1章 エスノグラフィを体感する
印象的な場面が必ず書かれている→マニラのスラム街の葬式の一場面。
そこから主題につなげる
フィールドでの驚きから出発すること→好奇心が開かれているかどうか
見られながら観察する(潜入ではない→『潜入取材、全手法 調査、記録、ファクトチェック、執筆に訴訟対策まで (角川新書)』)
対象を二重写しに見る→水中にいる魚が「水」について知る
そういう見方に変身する→『勉強の哲学』
フィールド調査の十戒
観察にはそれに適した移動速度がある
「手と目で考えること」
第2章 フィールドに学ぶ
さまざまな社会調査の中でエスノグラフィはどういう位置にあるのか
社会学は観察を基礎にする→経験科学
量的研究、質的研究
経験科学→フィールド科学
フィールドに行ったからこそわかったことを考察する
雪かきをしない家
モノグラフ(一つの社会的単位の全体過程を、それが置かれた社会的文脈に即して、詳細に記述した記録)
フィールド科学の中でもエスノグラフィは、他者と長期にわたる交流や実生活を共にすることによって、ありふれた出来事や生活のディティールを書き表す
経験の次元を扱う
(参与観察、フィールドワーク、)
第3章 生活を書く
ありふれた日々を記録していく、細部の出来事に目を向ける
"言い換えるなら、劇的な事件を見るのは容易ですが、生活を見るのはそれよりも難しく、練習を必要とするのです。生活を見る眼を鍛えることは、重要な意味が備わっているにもかかわらず、私たちが見過ごしてしまっている事態を、きちんと見ることを可能にしてくれます"
エスノグラフィはポルノグラフィとは違う、暴露ではない。
生活は何も隠されていない
日常生活批判としての社会学
第4章 時間に参与する
フィールドの人と同じ時間を過ごす必要がある
同じ空間にいるだけではダメ
では、「同じ時間」とは何か?
生活論
生活には創始者がいない(みんなが創始者)
田植えの労作唄
単調な農作業にリズムを与えて、気分良くこなすために歌われる
特定の作者はいない。歌い継いできたもの
人間の生活から生まれるものは、基本的に合作
生活は、集合性を前提にしていて、時間的な累積も組み込まれている
→生活論
人びとの生活を中核に据えて社会学の分析の論理を組み立てる
たとえば、棚田と風景
生活の必要性から創出されてきたものとして捉える
環境と関係を取り結んで生きる人間の生活
三つの主義
近代技術主義、自然環境主義、生活環境主義
生活を守るために、新しい技術も取り入れるし、自然環境の「破壊」も行われる。
しかし、その技術の入れ方の工夫については、国家や制度の効率性よりも生活の場所の論理が優先される
ボクサーの「典型的な一日」
人類学者オスカー・ルイス→「典型的な一日」を単位に異文化を書くことの重要性を説いた
そこに生きる人にとって有意味な「時間的単位」がある
ボクサーなら、一日、一週間、試合と試合のサイクル→分節化のありようで、生活感覚に迫れる
失業の困難の一つは、時間的予見の剥奪
時間的秩序が備わることで、はじめて生が「生活」になる
煩わしい縛りがあるからこそ、私の生活はうまく構造化されている、とも言える
何度もフィールドに通い(行くではなく)、昼も夜も知る
フィールドで何らかの役割を得ること
純然たる観察者にならない
第5章 対比的に読む
自分と古典を対峙させる
最初から違いを見出そうとはしない。むしろ可能な限り古典に接近しようとする。それでもどうしても同一化できない小さな「差異」が発見される。最初から見つけられる大きな差異、ではなく
まずフィールドに入り、その後社会学の文献とフィールドを往復しながら考察を深めていく
第6章 事例を通して説明する
科学的な妥当性についての疑問
たとえば「たったひとつの事例で論文を書けるのでしょうか?」
事例を説明するのではなく、事例を通して説明するという姿勢
本格的な事例調査は10年かかる
たった一つの事例ではなく、著者にとって絶対的なひとつの事例
論文には現れなくても他の事例も調査はしている
論理の解明
一般的事実の指摘だけでなく、なぜそうした事態が生み出されるのかという論理の解明の次元において、エスノグラフィはきわめて有効なアプローチ
丁寧に、詳細に置かれた状況を捉えることで、そこに関係しているさまざまな要因を見出すことができる
客観性
物事の捉え方は人それぞれ
オスカー・ルイスの羅生門的手法→さまざまな捉え方を、統合せずにそのまま並べていく
多元的現実を描く
しかしすべては並置される→現実は多様である、という以上のことを言えない
客観性から客観化へ
「唯一の真実」とも「多元的現実」とも異なる形
「ある人々にとっての現実」を書く
その人にとっての「意味」を把握する、それを観察者として記述する
バイアスはあるが、バイアスのかかった事実をバイアスの所在の明記と共に捉えていく
超越的な「客観性」ではなく、どのような人々の視点に依拠しているのかを自己言及したうえで現象を記述するという「客観化」
ミクロとマクロ
マクロな問題は捉えられないのでは?
ミクロな世界は、マクロな動向が深く入り込んでいる
後半(おまけ):本書から考えた、自分の仕事のあり方について
ノウハウ書が抱える問題
エッセイという形式
『ふつうの相談』