2025/5/8
本日は2025/5/8の木曜日
うちあわせCastの収録予定
第百七十三回:Tak.さんと文章はどこで書かれているのか? 作成者:うちあわせCastが配信された
Obsidianでエディタの背景を変える | メンバー限定記事 - by 倉下忠憲@rashita2を配信した
今日作ったページ
PKMではない何かについて
デイリーノートにおける着想メモの扱い
ミステリ小説を読んでいるときに脳内で発生しているチェックポイント
〜〜〜朝の巡回〜〜〜
@wagashi_no_yosa: それにしても、あまりにもノンフィクション読書は物語読書に比べて全敗すぎる。この研究などは、物語読書は共感性・社会性を予測するが、ノンフィクション読書は逆に負の予測、つまり共感性・社会性能力が低くなる、としている。タイトルもひどい。「本の虫 対 オタク」
https://t.co/aAapn5SJEK
@wagashi_no_yosa: この研究でのノンフィクション本とは、科学、哲学、心理学、政治・社会批評、自己啓発、ビジネス書を指している。そうなると、これらの本を読む意味、ひいては、教養読書とは何なんだろうなとなる。
〜〜〜観察メモ〜〜〜
最近、このCosenseの運用に関する話を書いて切り出した際は[🔬Cosenseでデジタルカード法]にそのリンクを置くようにしている。そのとき、単に既存の項目下に置くだけの場合もあるが、新しい項目を思いついてそこに置く場合もある。発想が生まれている。さらに言えば、「Cosenseでデジタルカード法」的な本を書くときの構想というか目次案みたいなものもちらりと考えるようになった。単に切り出しているだけ、あるいはハッシュタグを付け加えているだけでは起きなかった心的な出来事(つまり発想・思考)が生じている。これはまさに「位置づける」というプロセスの最中だからこそ起きる行為だろう。なぜなら、位置づけるためには、その「場所/場」(他の項目などが含まれるフィールド)を目に入れる必要があるから。目に入れる→短期記憶に格納される→それが心的な出来事の材料となる。という流れ。ハッシュタグを添えるだけではこのプロセスが励起しない。
2025年版の7wrinerを作ってみてはどうか計画
普段はシャツの胸ポケットにノートを入れているが、夏場になるとポケットがない服装になるので小さいカバンをかったけども、さすがにこのままだとダサい感じが漂うので何とかしたい
https://gyazo.com/fb620dc77683ced92107113fdf317ebb
〜〜〜以下 #思考の断片メモ 〜〜〜
「これからの時代はAI×知的生産だ」と語るその記事に魅力を感じないとき、どういう顔をすればいいか
見やすい「目安」をつくる
知ることについて。何を知るのか、どのように知るのか、知るとは何か
部屋は構造を持つ。だから片づけられる。
生成AIは何を「知っている」と言えるのか、という問いは、そのまま私たち人間が何を「知っている」と言えるのか、という問いに返ってくる。
Googleの検索エンジンは、インデックスを持っているだけ。
知識とインデックスの関係。インデックスがあれば、知識にアクセスできるということ。
インデックスベース情報整理
二種類の「あとで考える」
少し休ませる
より大きな文脈に位置づける
自分で考えて、自分で決めて、その結果を引き受けるという訓練を日本社会ではほとんどしてこない
だから「正しい答え」をまっさきに求めてしまう
たとえば、GTDでは何かをプロジェクトにする or someday/maybeに入れる、という処理で「優先順位」を発揮させている。また、それを機能させるために高度の視点が導入されている。それはそれぞれの人生にとって大切なこと、という「優先順位」である。
つまり、タスクへの着手レベルの優先順位と、生きること/生活することにおけるレベルの優先順位がある。
その二つが緩やかな関連でつながっていることが好ましいとは言えそう。密接でも断絶でもなく。
ヒューリスティックとアルゴリズムを両方使う。
目的志向への批判と、「何のために使うのか」という観点を欠いたツールのノウハウについて。
ナレッジは知だが、知はナレッジとイコールではない、という点が難しい。知というとき、ナレッジを含むより大きな集合が意識されている。
失敗をデザインするのが練習である。
〜〜〜ここまで〜〜〜