2025/5/22
メモのテーゼ
書き留めたものの種類によって、その後の扱いは異なる
むしろ書き留めたものの種類とは、その後の扱いの違いによって定義される
「後から使う」にも種類がある
引用を書き留めたメモも、使い方は複数ある
書きとめるときの楽さと、後から扱うときの楽さは反比例する
腹筋をしよう、と昨日の夜思いたった。思いつきはいつも突然に。
こういう「思いつき」をいかに行動に落とし込んでいくか(デザインしていくか)というのがポイント
実行は必要だが、実行すればいいというものではない。
平均的に見て手書きよりのタイピングの方が早いのだけども、求めている漢字変換がなかなかできなくて時間をとられるときはわりと鬱陶しく感じる(ひらがなにしておけばいいのに、なぜか変換にこだわってしまう自分がいる)
日ごとノートに書くのは、上のような記述がぴったり。
カード化できるほどにまとまりはないが、ある固有の概念とのリンクがある。
この記述はそれぞれが個人で日ごとノートを書き、それを間接的に読み合うことは、ティーチャーレス・ライティング・クラスと同じとテーゼ化できるほどの感じはない
「ノートを書く」から「ノートをつくる」へ
あるいはノートをデザインする
述語を変えることで、動作の意識を変える
私たちは概してユーモアに必要なのは、生まれ持った能力と、自由に語り自由に考える友人グループの組み合わせであると思いがちだ。しかしいかなるユーモリストも自らのユーモアの感覚を育むには、またそれ以上に中年を過ぎてもその感覚を持ち続けるには、自分の中でちょっとした勇敢な行為を長く続けていくことが必要になる。W・K・クリフォード氏の言う、「くだらないことを囁くごく小さな声」が自分の中にあるのに気づくだけでなく、やはり自分の中でそれを黙らせようとする力に逆らって口に出すように言い聞かせなければならない。やってくるすべての〈予兆〉を、自らの勇気を試すようにユーモアで彩って扱う習慣を持たなくてはならないのだ。
ユーモアを言う勇気
ChatGPTと話しているのは楽しくて、いろいろレポートを作ったりするんですけど、それをまとめるのがgistだとサムネが出ないのがつまらないので、自分用にそういうペタペタ貼るところが欲しくなってきちゃいますね。
腹筋5回を3セット