2025/5/10
本日は2025/5/10。天気は崩れ模様の土曜日
毎月10日は電撃文庫の新刊発売日
『妖精の物理学 ―PHysics PHenomenon PHantom―』をチェックする
"【最大50%OFF】Kindle本(電子書籍) 科学・テクノロジー本セール"を漁る|倉下忠憲を更新
本日作ったページ
気になっている本の扱い検討
生成AI時代のライティング
〜〜〜朝の巡回〜〜〜
『「書くこと」の哲学 ことばの再履修 佐々木 敦(著) - 講談社 | 版元ドットコム』が気になった。
5/13『散文』(谷川俊太郎)が気になった。
/jinJIN/2025/5/9
そこで思い至ったのですが、会計の価値は結局のところ情報整理だと思います。
たとえば家計簿の入力で考える
レシートを一枚取り出し、表にそれを入力していく。だいたいは時系列に。そして「費目」が書き込まれる。
物理的に見れば、レシートという紙の上に書かれた情報が、家計簿という別の物理媒体に移された(転写)
さらに把握しやすい順番に並べられている(配列)
出費の構成を把握しやすいように費目で分けることも行われる(分類)
そこからどのくらい出費しているのか、先月との比較はどうなのかも検討されうる(分析)
同じように出費すれば今後どうなるのかも検討されうる(予測)
であれば、どのように出費行動を意識していけばいいのかの指針も得られる(展望)
以上全体が、情報の見え方がかわり、それを見た人が知覚するものも変わる(変換)ことを構成している
倉下風に言えば、あらゆる知的作業は情報整理である。(まずは強く言う)
毎日の仕事はできることや同じことをする作業が当たり前すぎて、失敗や成功を考えてないだけかもしれないですが、日常の大半は作業をこなした結果の成功体験で構成されているといえます。
失敗無き日々
日常から「失敗」が排除されている→日常から見えなくなっていくものたち
コントロール欲求の高まり(あるいは抑制するキーの減少)
失敗とは何か?
その種別に応じて定義せよ
Corelle Brands – コレール ブランズ ジャパン
コーティングしてないのに焦げつかないんだってさ
ナッジグラフ
@daizplus: ナッジグラフ(Nudge Graph)を設計・提唱したい。PhonnoやCosenseに蓄積された興味関心コンテンツと研究ノートを編み直し、LLM 時代の知的生産行動をいい感じにデザインできる気がする。
ナレッジグラフからナッジグラフへ
カーリー・レイ・ジェプセン
amazon musicより
暇と退屈の倫理学|馬場紀衣の読書の森 vol.85|光文社新書
人間は退屈する生き物だけど、学ぶ生きものでもある。ラッセルは「教育は以前、多分に楽しむ能力を訓練することだと考えられていた」とも語っている。著者は、退屈に溺れてしまいそうになっている人に、贅沢(浪費)を取り戻すようにと指摘する。それも、ただの贅沢ではなくて、正しい贅沢。食を楽しむためには複雑な味わいを口の中でせり分け、感覚で受け取り、ほんとうに美味しいと感じるための練習がいるように、楽しむことも、それと同じだと言う。
退屈と興奮
興奮と幸福
贅沢な時間の使い方→『「学び」がわからなくなったときに読む本』
風味と体験
練習が必要ということ。
楽しむ練習(人生を愉しむ練習、生きることを楽しむ練習)
@mehori: 「言語化がすごい」「言語化してくれてありがとう」といった表現も時折耳にするけどなんとなく気味が悪い
言語はきわめて曖昧で、特に短い言葉ではざっくりとしか物事を捉えられないことも多いので
言語化は理解そのものではなく、理解への緒ではないのかなと思ってしまう
スタート地点としての言語化、ゴール地点としての言語化。という扱われ方の違いはありそう。
届ける工夫 ~欲しい誰かに見つけてもらえる60の方法~ - mochikoAsTech - BOOTH
こういう傾向の本を作ってみても面白いかも知れない
本を書くためのノウハウはそれなりにあるが、本を「届ける」ための工夫はそれほどない
→『書き手は自著のプロモーションをどうするのか会議』
〜〜〜観察メモ〜〜〜
思考の流れと文章の構成は逆向き
組み立てる
https://gyazo.com/61da0fa74e0067c569f4f537b1a8090d
〜〜〜以下、 #思考の断片メモ 〜〜〜
見通しを得る(与える)ことの大切さ
モードレスで自由を最大化できることは、万人にとって有益か?ある種の強者に向けた施策の可能性はないか。認知的強者。
情報整理ツールに「燃え尽きる」人がいるのはなぜか?
「味わう」ということ。経験=味わい、そして風味の重要性につなげる。
陸上選手だって車で移動する。だからといってトレーニングを辞めたりはしない。
早めに着手して、ぎりぎりまで粘る。
非常に綺麗にまとまった文章の、特に読む価値を感じない文章が大量に生まれることは、知的生産の観点からどう評価できるか。
読書というのも一種の経験ではあろう。それは自分の出来事を記録して、読み返すこともまた自分の出来事の一種であるというのと同じ意味で。
相対化することで、当たり前のものが自明ではないとわかり、さらに進んで、でもそこにそれがあるという事実に思い当たる。経験は相転移していく。
「ストレスフリーの整理術」は、ストレスフリーになるための整理術という受け取り方と、整理するその作業自体がストレスフリーに行えるという受け取り方がある。
僕たちは、たぶん「人間」というものをよく知らない。強調されたキャラクターや偶像だけを経由して人間像を組み上げているからだろう。
マーケット→マーケティング、ナレッジ→ナレッジング
加減を知ることの大切さ
失敗は未知の体験である。
問い(クエスチョン)・関心領域(エリア)・命題(テーゼ)の三つのうち、問いを基準線にして、自分の情報整理を整えて行く。テーゼを最上に置かない。
村上主義者にあやかって、知的活動家という呼び名はどうか。
人は狂気を統べる術が必要だ
〜〜〜ここまで〜〜〜