2025/3/6
ネガティブ・ケイパビリティに限らないが、人文的なものも、ある種のマッチョさであることが多い
曖昧な状態に耐えるためには、ある知的な(精神的な)筋肉、体力のようなものが必要
それを得ることで、よく生きましょう、というんは形を変えた自己啓発でしかない
「目指している」ものは違っていても、目指し方そのものは同じ
個人の能力・責任に転化されることを忌避することで、代わりに投資、ポケモン、カード資産のような、自分外のものを強力にするという傾向が生まれるのではないか
シン自由主義とポケモン
My / Most
Organize / Origin
Restructuring / Restoration / Roots / Realm
Environment / Essence
gri
gri→greにする手もなくはない
おどろおどろしい感じにしよう
g
gnosis, groundwork
r
revelation, ritual
i
insight, idea
鼻がぐずぐずいっている
くしゃみ、目がしょぼしょぼする
生成AIによって、個人ではうまくいなかった知的作業がうまくいくようになる、ということはありえる
タスクの洗い出しや分解など
それはまさに道具として生成AIを使っている、ということになる。
執筆において機械的なチェックはかならず存在して、それを機械にやってもらうというのは悪くない
ただそれでも人間によるチェックはあった方がいい
両方の「仕事」がある、という状態
あとは、その内容とバランスをどう考えるのかという問題になる
自分のノートだと料理のレシピなんて書き残そうとはまず思わないが、他の人向けだとついつい書いてしまう。
ツイートだと書かないな。Cosenseだからだろう
橿原の無印書店にいきたいが、仕事がぜんぜん追いついていない
Cosenseにこれを書くようになってWorkFlowyの役割がかわり、その結果Cosenseにおける目次・インデックスについて再検討したくなった。
情報は接続していて、その変化は波及する
まだ買わないが天板の引き出しはこれでよいかもしれない。
少なくとも高さはちょうどよい。
あとかっこいい。
スピーカー用インシュレーター
スピーカーと板の間に置くやつらしい
引き出しと天板の間にいれて、簡単な高さ調整に役立つという話を聴いた
いつの頃からか、iPhoneの最新機種に興味がなくなった
先月機種変更をしたが、それもiPhone14(2年で返せば激安)
不足はどこにもない。アクションボタンも、インテリジェンスもなくても生活は成立する
こうやって書くことができ、読むことができるなら、僕の「知的生活」におけるガジェットの役割は十分果たせる
シンプルな知的生活、素朴な知的生活
「知的生産」もそうだが「知的生活」に変わる言葉が欲しい
Knowledge Walkingは、その一候補ではある
一日の間に、こんなにたくさんのことを思いつく人間が、まったく紙に書き出すことをしないならどうなるかをちょっとイメージして欲しい
ちょっとした地獄である。
二日前の日記すら書けないのに、どうして頭の中で「一日の行動管理」ができると思うのか?
流れに身を任せるのは悪くはないが、それは「なし崩し」を肯定することにもつながる
あるがままの精神で、現状の政府に抗議活動をしたくなるか?
私たちは、個人の精神の安定と、この社会へのコミットの両方を見据えなければならない
私たちは個人的な生と社会的な生の重ね合わせの中を生きている
その二つは調和しないことが多い(ルソー)。だから、私たちはなめらかに生きていくことを望むべきではない。
常にギクシャクし、葛藤していきることが、倫理的で社会的なあり方だと言える。
資本主義に対応しうる思想は共産主義だろうか?
同様に、自己啓発に対抗しうる思想は何だろうか?
単純な「反対」ではないと思う。何かが支配的になっている状態は、単なる偶然以上の何かがあるはず。
何かが合致している、マッチしている、少なくとも良い点がある、ということを踏まえてその対抗を考える必要がある。
そもそもアナログではメモは基本的にデイリーにメモされていた
手帳が一番わかりやすい
メモ帳でも日付順に書くだろう
なぜなら、メモはそれを書くときに「分類」できないから。
書いたあとでの分類は可能(すべてが分類できるわけではない)
倉下も、CosenseでもWorkflowyでもObsidian(作業記録)でも日付ベース
日付の項目に入れるか、項目に日付を入れる
どのような情報も、人が記録するならば、「それを記録する日時」というタイムスタンプを必ず持つ
日付・時間という分類軸は絶対に発生する
唯一、情報を迷子にしない整理軸(分類軸)だと言える
分類軸と整理軸は何が違うか?
Heptabaseでも、まずデイリーに書き、そこから切り出す形をとっている
Capactiesでも同様のワークフローが想定されている
「デイリー」はかなり強い基盤
だとしたら、その基盤の他に何を築くのか?
応答することで思考が進む
「考えの育て方」といっているが、何をどうしたら考えを育てていると言えるのかは判然としない
知識が増える?
大切な要素だが、それだけではないだろう。
考えている話題について、ちょっとした場所に書くとそれだけで満足してしまう傾向がある
たとえば、メルマガの「はじめに」や、ブックカタリストアフタートークの記事の方
「これについてはあとでもっと検討しよう、膨らませよう」とそのときは思っているけども、それ以降にその思いが実行に移されることはきわめて稀
書き留めたものは媒体でも自分のローカルでも残っているので、探せば見つけられるが、そもそも見つけようとしない
マーキングが必要
コーディングするときに、修正が必要な箇所に//TODOなどのコメントを書いておく
あとでその語句で検索すればいい。エディタによっては自動的に抽出してくれる機能もある
同じ考えを、原稿/Draft に適用したらどうなるか?
自分の「原稿」を一つのツール(あるいはそれに相当するもの)に保存しておき、必要なマークを付けていく
まあ、普通にテキストを抽出して、リストに転記すればいいわけだけども。
それでも新しい「原稿エディタ」についての思想にはなりそう。
購入してくださった方がいたので、それを契機にして自分の過去原稿を読み返す
「自分はAをしたいと思っている→Aができている→うまくいっている」
こういう構図でしょう。どれだけ操作が直感的でも、どれだけ作業が自動化できても、どれだけ圧倒的な量の情報が集まっても、自分がやりたいと思っていることが未達なら、それは「うまく」使えているとはいえません。
ツールをうまく使うためには、どうなったら「うまく」使えているのかを定義する必要がある。
ノートツールの用途について
・「ライフログとしてEvernoteを使う」
・「ナレッジベースとしてNotionを使う」
・「勉強ノートとしてObsidianを使う」
このような構図を立てることで、はじめてうまく使えているかどうかが判断できます。
自分なりの定義を明確かする
会計処理は、かなりの部分法律的に定まったものがあり、それに準拠することが「正解」なわけですが、ライフログやナレッジベースなどにはそこまでの規定はありません。だから規定に沿うことではなく、自分なりの感触を言語化したもの(これを定義と呼びます)を、持っておくことが大切です。
「自分の日常に関する記述や写真を残しておき、必要に応じてそれを呼び出せるようにしておくこと」
こういう行為を自分がしたいと思っているならば、それが(自分の定義による)「ライフログ」であり、そのためにEvernoteを使う──こういう形ができあがっているのがグットな状態です。
正解からお手本へ
そのような学習の道のりを歩いているとき、他人の方法は「正解」ではなく、一つの「お手本」となります。
最初は虚心に真似すればいい。でも、自分なりの「心」が出てきたら、それを尊重すればいい。
お手本は逸脱する対象である
上記のような考え方・捉え方・姿勢はメタノウハウの骨子(あるいは一番太い骨)となりうる
二つのIT
インフォメーション・テクノロジーとインフォメーション・テクニック
インテリジェンス・テクノロジーとインテリジェンス・テクニック
テクノロジーとテクニックを合わせて「アーツ」としてもいい
あるいは別のTで始まる言葉を探す
タレント?
3スタイルを改訂したもの
デジタルノートを「何のために使うか」を考える上でヒントになりそう
白鳥とダチョウ、どちらが鳥として正しいかという問いは無意味
ラジオ英会話
slim chance (わずかな望み) fat chance (可能性がほとんどない)
rule out (除外する) ruleは動詞で用いられている
英文の要約を英文でつくると、英語の力がつくとのこと
WorkFlowyでは必要なものだけが並んでいて、その並び順が自分の制御下にあるという点が特徴
WorkFlowyの構造は、Cosenseの1ページに相当する
「自分の制御下にある感じ」というのを名づけたい
京都大学
学びの素材は無限に見つけられる
あとは「やる気」との付き合いと、時間のやりくりと、テーマの設定(限定)が問題
_diaryを削除
1つだけついていた。ついていたノートも削除
_savedArtcleを削除
一つだけついていた。
Anchorを削除
操作のスクリーンショットが一枚だけのったノートについていた
ノートごと削除
backupタグを削除
これは本来存在していてもいいタグ
しかし1つのノートにしかついていない
メルマガのepubファイルのバックアップで、2020年の8月分から6つしか保存されていない
ノートごと削除
ケチというのは、お金を使うのが苦手、という風にも捉えられる
人間は本を読むことで変わっていく
しかし、本を読まなくても変わっていく(たとえば老化)
その変化をどう方向づけるのか、という点に違いがでる、ということだろう。
『なぜ人は自分を責めてしまうのか』が気になっている
今月の新刊
リンクとしてはあまり意味を持たないものになっている気はする
一応、上のページのリンクをクリックしたらこの行が表示される
一覧には使えないが、何かを探す役には立つ、というくらいか。
衝動に突き動かされて何かやることと、義務として何かやることは異なるとして、どう異なるか
一般化の有無が大きいだろう。
自分が受け取ってきたものを、何かしらでこの世界に返していくという姿勢
この考え方では、多くを受け取ってきていない人は別に返さなくてもよい、つまり他人への強制が発生しにくい
義務感なのだが、その義務は一般化された倫理とは異なることわりを持つ
少しずつ書き足していく
たぶんすでにこの時点で、こういう語り方をしようというイメージがある
そのイメージは、アウトライン的に2割くらいだし、詳細レベルだともっとスカスカ。
でもたしかにイメージというのはある。
そこからスタートし、骨づけ・肉づけしていくのが主な準備活動になる
生成AIは、中動態に至れるか、という問いを思いついた
ちなみに、ポケットに入れて持ち歩いているメモ帳への書き込みは激減しました
そりゃそう。
同様にTweetの総数も減っている
そりゃそう。
たまにすごく食べたくなる
https://gyazo.com/b321d48471bf2351ba43a7c0fb76ce59
6個入りで500円なり
ラジオ英会話は、放送のタイミングで聴く必要があるが、聞き逃し配信はいつでも聴ける
「いつでも聴ける」は、聴くタイミングが変動可能ということ
流動的、可変的
そうしたものは、高頻度で先送りされて結局聴くことがなくなる
「ここで聴かないと聴けなくなる」という有限化は、少なくとも試聴の動機づけにはなる
もちろん、それだけで終わる話ではないけども
書いた。
大根を下ろした
1/3ほどでも重労働
プロジェクトを「カード」で扱うことについて考えたいがまとまった時間が取れない
というか、別のことをいろいろ考えてしまっている
ということで、痕跡としてここに書いておく
「痕跡」は適切なメタファーか
何かきっかけになることを期待して残しておく後、という含意
誘拐されたときに、誘拐された人が荷物をわざと落としておくようなイメージ
デイリーノートもすべてを一枚のノートも運用の姿勢としては同じ
それは中間項に、アウトライナーに日付ごとの項目をつくる、を置けばすぐにわかる
具体的ではなく、思想的・抽象的に考えればこれらの方法を行き来することができる。
メルマガでも似た話を書いた。
重要なのは、テーマごと・トピックごとではなく「とりあえず、書く場所をつくる」ということ・
それは「ホーム」をつくると言えるか。
おそらく言える。
そもそも僕たちは何を指して「資本主義」と呼んでいるのか
たぶん明確なイメージはないのではないか
「金もうけ」とイコールくらいかもしれない。
そもそも、資本主義は「主義」なのか?
「私は資本主義を信じています」みたいなことってあるのかどうか。
「生産性が高い」という表現がよく使われているが、何の生産性が高いのだろうか?
創造的破壊(イノベーション)には、当然のように破壊が随伴するという事実
晩ご飯の下ごしらえをしていたけども、お義父さんがお弁当(ローストビーフ丼)を買ってきてくれたので、ありがたくいただく
大根おろしは、これまた買ってきてくれただし巻き卵と一緒に頂きました。美味。
物事を結果だけでなく、プロセス、システム、フィードバック、といった観点で捉えること。
なぜ理系なのに本が書けるのか、という質問に「わからない言葉に出会ったら辞書を引く癖がついていたからだよ」と答えるのはかっこいいかもしれない。
たとえば、ヒロアカとワンパンマンから「ヒーロー」を考えることができる。
ヒーローとはなにか
象徴としての存在
制度としての存在