データセット性
生成イラストと既存の人間イラストを比較するとき、主体がAI自体なのか、AIの利用者なのかで分かれる
このとき、AI技術に対して冷静で、「道具の一種」ととらえる人は、「道具を使う利用者」を主体として話を展開する
であれば、人間は人間で、独自の人間側データセットを頭の中にでも構築して、最後まで人間が描くことができる
作家の個性が出る
含まれるものが重要
含まれないものは「含まれない事実」が重要
個性の一端を担う
作家の生きざま
わざと除外した可能性
作家がゼロから構築したものを入れられるメリットがある
機械側データセットに含まれないものを持ち出すのは不公平か?
人間同士でも「明かさない手の内」というのがあるので、公平と考える
AIが道具だとすれば、生成も依然として人間界の営みであり、他人の「明かさない手の内」との差分をどうするのか問われる
AIは「明かされた手」に依存せざるを得ないが、利用者は大量生産以外に弾けるすべがあるのか
人間側データセットの例
神秘主義で描く