満洲事変
満州事変とは、1931 年 9 月 18 日に奉天郊外の柳条湖で、関東軍(満鉄を守備する日本陸軍)が 南満州鉄道(満鉄)の線路を爆破した柳条湖事件に始まり、関東軍による満州全土の占領、そし て 1933 年 5 月 31 日の塘沽協定成立までを指す
しばやんさんの分析
その1
満州事変の発端となった #柳条溝事件 は、当時の日本側の記録では満鉄線路を爆破したのは支那兵であったと明記されており、その後日本軍が中国軍から攻撃を受けたことが書かれているのだが、その点については中国側も反論しておらず、東京裁判でも問題にされなかった。 この説が覆って関東軍が満鉄線路を爆破したことになったのは、昭和30年に発行された雑誌『別冊 知性』の12月号に、元関東軍参謀の #花谷正 の名前で「満州事変はこうして計画された」という記事が掲載されたことによるのだが、次のURL(「満州事変」に関する資料集(1) )にこの記事の全文が掲載されているので、興味のある方はご確認願いたい。 その2
スティムソンによる九カ国条約教義と、満洲事変に対する日本批判。
張作霖爆殺事件