2025/04/27
https://music.youtube.com/watch?v=ukYEgbe2QPw&si=N4lff3bEpyPU-mzn
昨日の夜から少し頭痛があり、今朝も少し頭が痛かったので頭痛薬を飲む #体調 まだ読んでなかったので、こちらも読んでみたいです。村上春樹の長編小説を読むのは1Q84以来かな。いちおう僕も村上主義者の端くれだと思っています。
私も1Q84が最後かもしれない
ハルキストではなく村上主義者と言って欲しいと『村上さんのところ』で言っていたことを覚えているくらいは私も村上主義者です。
タイトル(仮):ふざけたタグを使うべきである or デジタルノートはもっとふざけて使うべきである #🍣 ふざけたタグはいい
#要チェックや!は気に入っている
#チェックリストとかだったら絶対見ない気はするけれど#要チェックや!はたまにチェックしようと思える
我ながらバカっぽいというか、良い意味で馬鹿馬鹿しい
このことから思うに、タグはもっとふざけるべきなのではないか
choiyakiさんのinfoboxで大阪弁で応援させる使い方のように
例えば、アイデアメモのタグも工夫の余地がある
アイデアメモはメモしても見返さないものの一つ
アイデアは思いついた瞬間は自分でも天才なんじゃないかと思うことがある
そしてそれはほとんどの場合大したことのないアイデアだ
本当に大したことのない場合やそもそも時間の経過とともに自分の中の関心が低まり(アイデアの鮮度が低くなり)アイデアとしての魅力がなくなる
でも、注目するべきは思いついた瞬間は天才的なアイデアだと感じているということ
だから、そっちの方向でふざけたタグをつける
例えば#100年に一度の天才的なアイデアとかあえて言い過ぎてみる
後から見返すと「んなわけないでしょ」と言いたくなるタグ
つまり、ボケる
言い換えると、アイロニーを引き出すためにボケるタグを使う
より一般化(?)、対象を広げてみると、デジタルノートはもっとふざけて使うべきであると言えるのではないか
「ふざける」という逸脱性・遊戯性と「〜すべき」という規範性の両立
規範性強めになりがち人間だから、まず先にふざける
「規範性強め」の人は結構いると思う
そういう人がどのようにすると規範性から外れることができるのかは人による
私は一人でいる時はボケたがりではあるので、ふざけるという規範の外し方がいいのかもしれない
ふざける自分をメタ的に観察し、規範性に戻そうとすることもあるが、その対応はまたそのうち考えよう
本書のタイトルだけを見れば、男性のスポーツ選手に進んで奉仕する女子マネージャーたちに浸透している性別役割規範を批判的に論じるような内容を想像するかもしれない。そうした要素も含まれているが、本書の重心はそれとは異なる点に置かれている。著者は、まだ日本ではほとんど研究例が無いインスティテューショナル・エスノグラフィー(IE)という手法を用いて、マネージャーだけでなくトレーナー(TR)、アナライジング・スタッフ(AS)、チアといった大学アメフト部の学生スタッフが日々行っている「ワーク」を詳細に描き出している。「ワーク」とは、「時間、努力、意思を必要とする人々の行いすべて」を意味しており、IEはそれがいかなる制度や社会関係に埋め込まれているかを当事者の視点から把握することを主眼としている。
#チェックせんのかーい!
ワロタ
すんのかと思ったらせんのかい、せんのかいと思ったらすんのかい