とある新人弁理士の特許明細書作成研修物語
弁理士 遠山勉
【1】はじめに
特許明細書をどのように書くか、特許請求の範囲(以下、単に請求項、クレームというときがある)に発明をどのように特定するかは、発明保護の根幹に関わる重要事項である。発明の発掘から保護、活用に至るまで、特許実務に携わる以上、この発明を特定する能力は不可欠な能力であり、知財人として企業活動に貢献するために研鑽すべき重要な事項である。 ここで行われていることは、発明の把握とその言語化である。しかし、発明を把握し、それを特許請求の範囲に特定し、さらにそれを明細書で説明するために、何をどうしたらよいか、必ずしも明確ではない。
この基準は、徒弟制度よろしく秘伝のごとく伝授してもらわなければならないのかというと、必ずしもそうではない。発明の特定は、特許法を離れて存在しない。まずは特許法やその解釈基準となる審査基準を理解し、発明をどのように捉え、どのように特定するかの基準は自ずと明らかになるところである。
本講座が、これから特許明細書作成実務を開始しようとする者の一助となれば幸いである。
【第1章】 発明の把握と特許請求の範囲・・・特許請求の範囲には何を書く?
(1-1)新人弁理士登場
新人の弁理士Aは、弁理士試験に合格し、登録が終わったばかり。そこに叔父で、製造業を営むBさんが発明を持ち込んで、特許出願をして欲しいと依頼してきた。
Bさん:これが今回の発明だよ。なんとかモノにならないかな。Aくんも弁理士になったんだから、助けてくれよ。(と言って示したのは、一本の針金で作ったクリップであった。なお、ここで、ゼムクリップが初めて開発され、「ゼムクリップ」という名称はまだ存在していないと仮定する)。
A弁理士:わかりました。叔父さんのためなら。でも、あまり実務経験がないのでちょっと、自信がないんだけど。
Bさん:そうか、俺の大学の後輩で、弁理士のCっていうやつがいるんだけど、ちょっと指導してもらいながらやってみれば良いよ。
A弁理士:C弁理士に迷惑じゃないですか?
Bさん:いいんだ。俺の後輩だし、気のいいやつだから親切に教えてくれるよ。
そこで、A弁理士は、先輩弁理士Cさんに指導を仰ぎながら、出願明細書を作成することとした。
ほとんどの発明者等が弁理士に出願依頼してくるとき、提示される発明は、具体的事実としての発明であり、未だ思想化されたものでなく、多少思想的に見えても十分に発明思想として特定されていないことが多い。発明者自身は、発明した結果物を認識してはいるものの、その奥に潜在している技術思想を十分把握していないことが極めて多い。具体的事実としての発明をそのまま言語化するだけだとしたら、思想全体がカバーされない狭い範囲でしか当該発明が特定されず、保護範囲も狭くなってしまう。
そこで、具体的事実としての発明(実施品、実施形態、実験例)を概念化して抽象的な技術的思想(発明思想)を特定し、特許請求の範囲に言語化することが、発明保護の上で極めて重要な作業となる。
特許請求の範囲は、明細書に記載した発明の内、特許として権利を請求する技術的範囲を特定する書面であり、保護範囲決定の基準となる。特許請求の範囲、明細書の作成にあっては、どのような発明がなされたのかを、発明者からの資料やインタビューを通じて、適切に把握し、次いで、それを言語化する(日本語をもって表現する)必要がある。そこには、情報収集力(インタビュースキル、コミュニケーションスキル)、情報(発明)分析力、文章表現力が必要となる。
(1-2)発明の特定は十人十色
A弁理士が、Bさんの紹介でC弁理士の事務所に行くと、C弁理士はさっそく、特許公報を見せながら、こう言った。
C: どうだい、いろいろな特許明細書があるだろう。書き方も人によって千差万別だよ。いくつかのパターンはあるけど、同じ発明を別の人が書くと、違う表現になってしまうんだよ。
と言って、C弁理士は、おもむろに、y=ax+bという方程式を書き出した。
同じ発明につき特許請求の範囲を作成する課題を複数の人に出すと、答えは十人十色で、一つとして同じ表現で発明が特定されることはない。なぜ同じ発明が人によって違う表現で特定されるのだろうか。
発明情報xが、特許請求の範囲に発明yとして特定されるとき、それを方程式で表すと、y=ax+bとなる。
ここで、a及びbは、請求の範囲を記述する者(以下、書き手という)が持つ固有の定数である。
aは、書き手が有する知識(特許法で定める特許請求の範囲についての記載ルールを含む)、物の見方(視点・視野・視座)や分析力、論理的思考力、表現技術などである。bは、「ずれ」を示す定数であり、物の見方のひとつでもある。
特許法に基づく同じ記載ルールを共通に有し、理解していれば、同じ発明について同じ特許請求の範囲が特定されるわけであるが、実際はそうではない。
その原因は、まず、
(1)記載ルールを十分理解していない場合である。 次に、
(2)発明理解のための技術的知識やその他一般的知識が足りず、発明情報を十分に理解できない場合である。さらに、
(3)分析力や論理的思考力が足らずに発明の本質を捉えることができない場合である。また、発明の把握はできたとしても、
(4)十分な表現技術を有していないが故に、発明を正確に表現できない場合である。
(5)最後にb(ずれ)の問題もある。bがゼロであれば、原点を外さずに発明を捉えることができるが、時に、屈折して理解し、発明の本質をずれて把握してしまう場合がある。すなわち、色眼鏡で物を見るという場合である。すなわち、bがゼロでない場合、発明を別のものとして把握してしまうという事態が生じる。これでは、本来の発明が保護されないこととなる。このbに意識的に数値を入れ、意図的に発明をシフトさせ、別発明を構成することもありうるので、一概にbの存在が悪いとはいえないが、無意識に発明の本質をずらしてしまう人は、このbにつき注意を要する。
本講座では、特許法に定める記載ルールを中心に、特許請求の範囲のあるべき姿を論じるが、それだけを理解するだけでは上記したように不十分であり、各人、発明を理解し特定するための知識、物の見方や分析手法、発明表現技法のうち、自身がどのレベルでの知識、能力が足りないのかを知り、それを補完していく努力が常に必要であることを忘れてはならない。
(1-3)発明の把握と言語化のルールの根拠
A: なるほど、いろいろ身につけなければならない知識やスキルがあるんですね。
C: そうさ、これからが本当の修行だよ。ところで、Aくん、特許法が特許明細書の書き方を教えてくれているの知っている?
A: え? そうなんですか? 受検時代には気がつきませんでしたが。
C: ま、直接は書いていないが、良く読むと書いてあるんだよ。他人の明細書をまねして書いても、法律上の根拠がわかっていないと、その都度書き方がぶれてしまうだろ。
だから、なぜ、特許請求の範囲や明細書にそのようなことを書かなければならないか、法律に基づいてしっかりと理解しておく必要があるんだよ。それと、特許庁の審査基準も大切だね。法律の運用指針で、いわば特許法の解釈を示しているようなものだからね。
この講座では、時間が限られているので、特許請求の範囲の作成方法につきそのすべてを説明することはできないが、少なくとも、それに関連する法的な知識は身につけてもらいたい。
これから特許請求の範囲、明細書を書くというとき、事前に知っておきたい知識は以下の通りである。発明の把握と言語化のルールは、これら規定に求められるのである。
第1条 目的(開示の代償としての発明保護)
第2条1項 発明の定義(自然法則を利用した技術的思想)
第2条3項 実施の定義 (発明には種類がある)
第29条 新規性・進歩性・産業上利用可能性(有用性)
第36条 記載要件
(平成6年改正前36条)・・発明には目的・構成・効果がある等
第37条 発明の単一性
第70条 特許発明の技術的範囲・・権利一体の原則
第72条 利用発明
以上の条文及び対応する審査基準をよくよく理解すれば、特許請求の範囲のあるべき姿が見えてくる。
我々は、具体的技術としての発明(技術そのもの)を、特許法というまな板の上で調理し、特許法上の発明思想に仕立てるのである。
なお、他にも、関連する条文はまだまだあり、また、詳細な様式を定めた施行規則も重要であるが、この講座では省略させていただく。
(1-4)素朴な疑問・・・特許請求の範囲には、発明の「何を、どのように」書くの?
A: では、率直にお聞きしますが、特許請求の範囲に、発明を書くということぐらいはわかりますが、発明の「何を、どのように」書くんでしょうか。
と言って、Aは、BさんがAに話したことをC弁理士に話した。
<AとBとの会話>
B: 今までは、ピンで紙をまとめているけど、それだと、ピンを突き刺さなければならないんで、紙に穴が空いてしまうよね。
私の発明だと、針金をぐるっと巻いて小さい輪っかと大きい輪っかを作るんでね。その間に紙挟むと、ほら、小さい輪っかと大きい輪っかで紙が挟まれるだろ。だから、紙に突き刺す必要ないだろ。
A: なるほど。でも叔父さん、ピンはピンでも、ヘアーピンなら、同じことができませんか?
B: ヘアーピンは、「カミ」は「カミ」でも「髪」を挟むためのもので、全然違うよ。
A:・・・・(内心:そうかな? 挟むだけならヘアーピンも同じだよなぁ・・・さてどうしようか)
発明の把握と言語化は、実は一体的である。我々は、日本語で発明思想を考えるので、それを日本語で特許請求の範囲に特定するということになる。言われてみれば、至極もっともであるが、簡単なことではない。発明についての情報は沢山あり、その内の何を書いたらよいのかまず不明であるし、次に、それをどのように書いたらよいのかも、明確ではない。
(1-5)特許法上の最初の手がかり
C: ちょうど良い例だね。そのクリップを使って、実際に明細書を書いてみよう。
B: はい、お願いします。
C: と言っても、君が書くんだよ。書き方は教えるから。
B: はい。
C: じゃ聞くけど、特許法で特許請求の範囲について何を書くかを書いてある条文は?
B: はい、特許法第36条第5項です。
C: そうだね。なんて規定している?
B: 「特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定しています。
特許請求の範囲に「発明」を書くというのは、当たり前すぎて誰にもわかることであるが、発明の何を書くのか、は必ずしも明確ではない。特許法の拠り所を探してみると、まず目につく条文としては、特許法第36条第5項がある。そこには、「特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定してある。
A: そうか、発明を特定するために必要と認める事項を全部書けばいいんだ。なーんだ、簡単ですね。
C: そうかい?
A: でも、なんだか変ですね。発明を特定するために必要なことって、一体何ですか?
C: じゃ、ちょっと審査基準を見てみよう。
★以下特許法第36条第5項についての審査基準******************
⑴ 本項前段は、特許出願人が特許を受けようとする発明を特定する際に、まったく不要な事項を記載したり、逆に、必要な事項を記載しないことがないようにするために、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明を特定するための事項を過不足なく記載すべきことを示したものである。
なお、どのような発明について特許を受けようとするかは特許出願人が判断すべきことであるので、特許を受けようとする発明を特定するために必要と出願人自らが認める事項のすべてを記載することとされている。
****************************************
A: まったく不要な事項を記載してはいけないことと、必要な事項を記載する、ということはわかりますが・・・。要不要の基準となる具体的な発明特定方法は書いてありませんね。
(Cさんが、特許法が特許明細書の書き方を教えてくれる、と言ってたけど、本当かな?)
出願人が「発明を特定するために必要と認める事項」という点から読めることは、出願人が「必要と認める」ならば、それは「発明特定事項である」、ということであり、逆に言えば、何を持って発明を特定するかは「出願人次第」ということを意味する。この規定が、発明の特定にあたり記載の自由度を出願人に与えたと言われる所以である。
特許法第36条第5項がこのように規定するのにはそれなりの合理的な理由があるのだが、これでは「何をもって、発明を特定するために必要と認める」かの基準を出願人に与えるものではない。現行法は、出願人に、特許請求の範囲の記載の自由度を認める一方、その記載責任は、出願人自身に負わせているのである。
それでは、可能な限り最適な記載で発明を特定するにはどうすればよいか。その基準はどこにあるだろうか。
(1-6) 特許法第2条の発明の定義
A: 「必要と認める」ならどんな特定方法でも良いというのじゃ、迷ってしまいます。どうすれば良いでしょうか。
C: クレームには発明を書くんだよね。じゃ、発明って何?
A: 特許法2条に発明の定義が規定されています。「自然法則を利用した・・・」
C: そうだね。せっかく定義があるから、定義に従って特定してみようか。
A: えー?
「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」であるから、この定義に従い、発明を特定する、ということになると、
どのような自然法則を利用し、
どのような技術的思想の創作かを明らかにし、
どのような高度性をもつのか、
ということを特定する、ということになろう。
A: 針金を曲げてその弾力性を利用しているから、フックの法則だな。そうか、フックの法則を利用して針金で紙を挟む仕掛けを作ったということか。技術分野はクリップだから、「フックの法則を利用して針金で2つのリングを作って、紙を挟む仕掛けを作ったクリップ」ですか?
何となくわかったような、わからないような。こんなので良いのかな?
C: (笑いながら) 良くできたね。でも、どの公報みても、自然法則が書いてあるクレームはないよね。ま、現行法なら書いたって悪くはないんだろうけど、発明者が常にどのような自然法則を利用しているか、認識しているとは限らないし、法上は、結果として自然法則を利用していれば良いことになっているから、あえて、自然法則自体を書く必要はないんだ。
それと、針金で2つのリングが作られていることは、わかったけど、それで紙を挟む仕掛けって、どうなっているの?
A: え! 解らないですか? こんなクリップ見ればわかるじゃないですか。
C: そりゃ解っているよ。実物見ればね。でも、クレームの解釈は、まずは、クレームの文言だけで行うんだよ。だから、クレームの文言だけで、どのようなものがイメージできるか判断できないとね。
A: 無理ですよ。そこの書き方知りたいんですから。
特許法第2条の定義は、法技術上、保護対象たる発明概念を定義したものであり、特許されるべき発明は、当該定義に相当するものでなければならないが、文章として発明を記述する場合に、この定義に従った記述は困難を極め、事実上不可能と言わざるを得ない。自然法則は結果として利用していればよく、発明者がそれを認識している必要はない。
また、技術的思想の創作であること、高度性の有無等は、審査において、産業上利用可能性や進歩性の問題として評価されようが、発明特定のための表現のための基準としては適切ではない。特に、何をもって、「技術的思想の創作」とするのかは、まさに、発明の特定の問題であり、答えをもって答えを作ろうとするものである。
したがって、これから「発明」を文章で特定しようとする場合、2条の定義は意識しつつも、他の基準が必要となる。
(1-7) 発明の一般概念は?
C: 法律の定義じゃだめなら、一般概念に戻ってみようか。
A: はい。(と言って、辞書を調べる)
ここで、特許法を離れて、一般的な発明概念を考えてみると、広辞苑(第5版)で、発明とは、「①物事の正しい道理を知り、明らかにすること。②新たに物事を考え出すこと。③機械・器具類あるいは方法・技術などをはじめて考案すること。④かしこいこと。」とある。
このような定義から、発明特定にあたり、「新しいモノや方法についての考案を、道理をもって説明する」と言う発明特定方法(基準)を導き出すことができるかもしれない。新しいというところは、特許法の新規性に相当するし、考案という点は、創作に相当し、道理というのは自然法則を利用した技術的思想という点に相当するように思える。
ただ、一般人が一般論として発明とは何かを考えるときにこのような捉え方でも良いかもしれないが、特許請求の範囲に特定して法的保護を求めるための基準としては、やはりまだ漠然としており、発明特定の基準としてはあいまいである、と言わざるを得ない。
(1-8) 発明の何を特定するのか
A: ますますわからなくなりました。特許法第36条第5項は、出願人が「必要と認める」なら何でも良いと言ってますよね。だったら、いろいろ試してみませんか?
C:そうだね。じゃ「発明の○○」を特定する、といったときの、この○○に当てはまる言葉をいろいろ考えてみよう。
A: じゃ、特徴。
C: なぜ?
A: だって、よく、クレームに、「・・・を特徴とする」ってあるじゃないですか。それに、発明は新規でなければならないから・・・。新規なところは特徴になるし。
C: なるほど。他には?
(・・と、いろいろ列挙し始めた)
まずは、発明の特徴。この答えは多くの人が真っ先に挙げる。
特徴とは、大辞泉では、「他と比べて特に目立つ点」としている。特許的に言うと「従来例に比べて特に目立つ点」となろう。「目立つ点」、という点は、新規性のある部分に相当し、「特に」という限定は何か進歩性を示唆しているようにも思える。そうすると、発明の特徴を書くというのは、一見悪くなさそうである。発明の特徴という立場の人は、その根拠を特許法29条に求めることになろう。
次に、発明の構成。構成とは、大辞泉によると、[いくつかの要素を一つのまとまりのあるものに組み立てること。また、組み立てたもの。「国会は衆議院と参議院とで―されている」「家族―」。文芸・音楽・造形芸術などで、表現上の諸要素を独自の手法で組み立てて作品にすること。「番組を―する」]としている。
これを、発明について当てはめてみると、発明は、いくつかの要素によって一つのまとまりのあるものに組み立てられたもの、ということになろう。
この「構成」によるという立場、根拠はどこにあるだろうか。
この他にも、発明の機能、発明の作用、発明の効果、ということも考えられる。機能とは、大辞泉によると、「〔function〕ある物事に備わっている働き。器官・機械などで、相互に関連し合って全体を構成する個々の各部分が、全体の中で担っている固有の役割。」である。また、作用とは、大辞泉によると、「他に力や影響を及ぼすこと。また、そのはたらき。 」である。効果は、大辞泉によると、「ある行為の、目的にかなった結果。ききめ。」である。
この「機能、作用、又は効果」という立場、根拠はどこにあるだろうか。
なお、以上の内、発明の特徴という言葉は、全てに関わることが可能である。すなわち、特徴的構成、特徴的機能、特徴的作用、特徴的効果、という言い方である。となると、特徴を書くのだ、という立場は、雰囲気的に最も良さそうに感じるのではなかろうか。
いずれにせよ、これらの内、どれが発明を特定するにあたって最適かを考えてみたい。むろん、特許法第36条第5項では、いずれの立場でも是認されるので、ここでは最適か否かの基準とはならない。そこで、この基準については、基本に戻って、特許法第1条の法目的に従い、特許法2条でいう「発明」の保護、利用のため、どの立場が最も合目的的かを問うことで判断したい。
C: そうか、特徴、構成、機能、作用、効果・・・いろいろあるね。
じゃ、それらを君の叔父さんが発明したクリップにあてはめてみようよ。
従来例:ピン・・・複数の紙をピンで突き刺し、一緒に綴じる。
問題点・・・紙に穴が空いてしまう。
課題・・・・紙に穴を空けることなく、複数の紙をまとめて保持できるクリップを提供すること。
ということだったよね。
A: そうすると、こんな感じですかね。
1)ゼムクリップの特徴で特定
a: 一本の針金で、紙に穴を開けることなく止めることができる。
b: 一本の針金が渦巻状になっている。
c: 紙の表側を押さえる部分と、紙の裏側を押さえる部分とが端部で連結している。
特徴という視点からすると、いずれもクリップの特徴と言ってよいですね。
2)次に、「構成」での特定
構成というと、「いくつかの要素で一つのまとまりのあるものを組みたてる」という観点であるから
d: 内側のリング部と、外側のリング部とが同じ針金で一体かつ渦巻き状に作られている。
e: 針金をリング状にした第1の押え部と、同じ針金で連続して作られ、第1の押え部周りに形成された第2の押え部から成るクリップ。
ここでは、程度の差はあるが、いずれも、構成要素が何かを把握した上で、それらの組み合わせで、まとまったモノ、方法を特定することになりますね。
3)機能での特定
機能は、ある物事に備わっている働き、である。よって、ゼムクリップでは、例えば、
f: それぞれバネ性を有する第1の押え部と第2の押え部で紙を挟持するクリップ。
4)作用での特定
作用は、「他に力や影響を及ぼすこと。また、そのはたらき。 」であるから、機能に近く、
g: バネ性を有する第1の押さえ部と、同じくバネ性を有する第2の押さえ部が、両者の間に挟まれる紙にバネ力を与え、その相互作用で挟持するクリップ。
5)効果での特定
効果は、「ある行為の、目的にかなった結果。ききめ。」であるから、ゼムクリップの場合、
h: 対象物たる紙に穴を空けることなく挟持できるクリップ。
こんな感じですけど、どれが良いんでしょう。
C: 初めてにしては良い線いっているな。まだ、不十分なところもあるけど、これで比べてみようか。
(1-9)発明特定例の検証
A: 法律はどんな特定方法でも良いと言っているのだったら、どれでも良いんですよね。でもそれじゃ「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」って感じですね。毎回、どの基準で書いたら良いかがよくわからないのでは、場当たり的すぎると思います。全部の請求項作っても良いけど、無駄なものだったら不要だし、お金も余分にかかりますし。
C: 良いこと言うね。その通りだ。
じゃ、どれが良いか検証してみよう。
(1-9―1)まずは、最後の効果について検証する。
効果という視点から発明が特定されている、ということが可能かもしれないが、効果のみをもって特定しても、それをどのように利用すれば再現可能なのか、第3者には不明であり、そのような不明な範囲まで保護することは、法目的にそぐわない。第3者は、どのようにすれば、そのような効果が得られるのかを知りたいのであり、保護されるべきは、そのような点である。
効果をもって特定した発明を、一般的に「願望発明」という。「こういうことができればいいな」という「願望」のみを特定しているだけだからである。願望を掲げれば保護されるというのであれば、かえって産業発達が阻害されるのは明らかである。
よって、まず否定されるべきは5)の効果による発明の特定である。
(1-9―2)次は、1)の特徴である。これはなんとなく良さそうな雰囲気である。しかし、上記例で明らかなように、特徴のとらえ方で様々な特定方法があり、必ずしも定量的ではない。これから「特許請求の範囲」を記載しようとするときの定量的かつ明確な基準、思考ルートを提示できないのである。特徴という絞りはかかっているものの、何を「発明の特徴」とするかにつき、主観的にならざるを得ないので、必ずしも良い基準とは言えない。
ただ、特徴をもって特定した結果が良い場合もあるので、一概にこの基準がだめだというのではない。基準が人によって変動してしまう可能性が高いので手法としては注意を要する、ということである。
また、特徴部分のみを特定すれば良いかと言うと、それだけでは、発明が発明としての作用効果を奏しない場合があり、技術思想として完結していないとされてしまう。
36条では、出願人が発明を特定するために必要と認める事項の「すべて」を記載するのだから、出願人は、当該発明が「完成した発明」として、所定の効果を奏するために必要な前提条件を全て特定し、記載しなければならないのである。
(1-9―3) では、2)の構成での特定はどうだろうか。
ここでは、いくつかの要素で一つのまとまりのあるものを組み立てることになるのであり、発明を特定するために、どのような要素技術(構成要件)が、どのように関連して、特定の作用・効果を奏するように組み立てられているのか、を表すこととなる。
すなわち、発明の構成要件を列挙するとともに、併せて、構成要件間の関連性(有機的結合関係という)を特定する。
構成要件とその有機的結合関係が明らかになれば、それらが相まってどのように作用して(機能を発揮して)、目的を達成するために必要な、あるいは、課題を解決するために必要な効果を奏することとなるかが明らかになる。
換言すると、構成要件とその有機的結合関係が明らかになれば、発明の再現可能性(自然法則を利用した技術的思想)(第2条)が担保される。そして、構成要件とその有機的結合関係は、他の基準に比較して客観的である。
「構成」こそ、第3者が発明の利用を図る上で知りたい事項であり、一方、これを保護すれば発明の保護として十分である。発明の構成で特定することは、特許法の目的を達成する上で、必要かつ十分な条件を満たすのである。平成6年改正特許法前での、36条5項「発明の構成に欠くことのできない事項」は、まさにこのことを規定していたのである。
特許請求の範囲には、特許発明の権利範囲を特定し公示する機能があるので、その範囲は客観的に評価されるべきで、よって、発明特定事項も、「構成」で特定すべきとの解釈は、理由があろう。
(1-9-4) 最後に、3)機能、4)の作用での特定である。
先に述べたように、機能と作用では辞書的には意味が違う。機能とは、大辞泉によると、「〔function〕ある物事に備わっている働き。器官・機械などで、相互に関連し合って全体を構成する個々の各部分が、全体の中で担っている固有の役割。」であり、作用とは、「他に力や影響を及ぼすこと。また、そのはたらき。 」である。各構成要件は、それなりの役割があり、各構成要件がそれらの持つ役割を果たすとき、それを文言で表現すると、機能的・作用的表現となる。
特許法が「機能」自体を保護するのか、と問われたとき、その答えは「否」である。保護すべきは、そのような「機能」を発揮する前提となる「構成」である。発明を利用しようとする第3者は、どのようにすればそのような機能を発揮できるのかを知りたいのである。これは、作用の場合も同様である。
では、機能での特定は許されないのか、というと、これは、平成6年改正特許法前での、36条5項「発明の構成に欠くことのできない事項」の時代でも、例外的に許されていた。すなわち、「機能的記載」でしか発明を特定できないとき、機能的に表現することは許されていたのである。
現行法では、「発明を特定するために必要と認める事項のすべて」であるから、機能的記載が原則として許されている。但し、機能的記載のクレームの扱いについては、実は、旧法のときと変わりはないことに注意を要する。機能的記載は多くの問題をはらむのである。なお、機能的記載のクレーム解釈については、様々な問題があるので、別途説明する。
(1-10)旧法と新法(「発明の構成」の再考)
A: なるほど、よくわかりました。「構成」で捉えるのがよさそうですね。基準としてはわかりやすいのですが、特許法は、「発明を特定するために必要と認める事項のすべて」として、記載の自由度を認めた以上、「構成」に限定してしまって良いのでしょうか?
C: 良いところつくね。でも、私は、「構成」に限定しろとは言っていないよ。審査の段階で、発明の範囲が明確で、権利化後にも技術的範囲に疑義が生じないような特定の仕方なら、機能的や作用的な記載でもいいんだ。
どうやら特許請求の範囲には「発明の構成」を書くというのが最適のようである。しかし、特許法が改正され、「発明を特定するために必要と認める事項のすべて」という規定になったにも関わらず、旧36条5項の「発明の構成に欠くことのできない事項」を記載するという基準を使っていてよいのだろうか。
先に述べたように、平成6年改正以前の特許法36条5項では、請求項には、「発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載」すると定められていた。一方、開示要件として、平成6年改正法前の36条4項では、「発明の詳細な説明にはその発明の属する技術分野における通常の知識を有するものが容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」とされていた。
改正前36条4項を振り返ると、着目すべきは、ここに、発明の目的、構成及び効果というものが示されていた、ということである。この条文が改正された理由は、外国法との開示要件の整合性、すなわち、国際調和であり、いわば形式的理由であった。
しかしながら、発明に実質的な意味で目的、構成及び効果というものが今なお存在していることは変わりなく、事実、ほとんどの発明には、目的、構成及び効果が存在する。また、現行法における明細書の書式にも、発明が解決しようとする課題、課題を解決するための手段があり、発明の効果を必要に応じて書いてもよいことになっている。すなわち、特許法36条6項4号の経済産業省令として、特許法施行規則第24条でいう、明細書の様式29に、明細書の記載事項として、【発明が解決しようとする課題】、【課題を解決するための手段】、(【発明の効果】)という項目を残している。すなわち、発明には、発明をするに至った課題と、課題解決手段と、発明によってもたらされる効果があるというのである。これは、旧法の目的、構成及び効果に対応する。
そして、発明を把握する上で、何も基準がない状態より、目的、構成及び効果という枠でくくった方が、発明のなんたるかを探る上では容易である。
なお、「効果」の部分をさらに細分化して、「作用・効果」ということもある。ここで、「作用」とは何かというと、辞書における意義は先に述べたが、特許発明の保護範囲;有斐閣P298(松本重敏)では、次のように述べている。
「 コーラーは解決手段と密接した効果であることを意味するものとして作用的効果(das functionally ergebnis)なる表現を用いている。保護されるのは発明が採用した解決手段にあり,発明の効果そのものは保護されない。つまり「作用効果」とは,「作用」と「効果」であり,「作用」とは発明の構成要素が発明全体に関連するあり方を言うものであり,「効果」は発明によって得られる目的解決の結果を言うものである。「作用効果」はこれを一言で表明するものである。」
以上のように、旧法では、開示要件として、発明の目的・構成・効果を記載させ、その一方で請求項には、「発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載」するよう規定していたわけである。
すなわち、発明が有する目的、構成及び効果の内、最も客観的要素である「構成」を特定すべし、という規定であったわけである。
この点、旧法における「発明の構成に欠くことのできない事項(必須要件:不可欠事項)」が、現行法では、「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項(発明特定事項)」 (特36条5項)とされたのであるから、「構成」で発明を特定しても、それ以外の特定事項で特定しても良い、というように改正されたのであり、構成での特定を否定したわけではない。「構成」で特定することが発明保護の観点で優れているのであれば、殊更構成での特定を排除すべきでなく、むしろ奨励されるべきである。
但し、改正後の特許法36条5項では、発明特定の自由度が増した点は、それが、発明保護の観点から有利な場合には、これを活用すべきである。
特36条5項につき、工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第20版〕では、次のように説明されている。「五項前段は、特許請求の範囲に記載すべき事項について規定したものであり、従来の五項二号を改正したものである。
この旧五項二号は、昭和六二年の一部改正により、「請求項」を「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項」と定義し、欧米のa claim に相当する概念として我が国の法律に請求項という概念を導入するとともに、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載するとすることにより、一の請求項から必ず発明が把握されるように記載しなければならないことを担保した規定である。しかしながら、この「発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載するとの規定では特許請求の範囲の記載が制約され、発明をより適切に記載できない場合が生じることもあった。
このため、平成六年の一部改正では、この規定を改正し、「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべて」を記載する旨規定することによって、発明の構成にかかわらず、技術の多様性に柔軟に対応した特許請求の範囲の記載を可能とした。」
さらに、同逐条解説〔第20版〕によれば、「この規定により、特許請求の範囲には、①特許出願人が自らの判断で特許を受けることによって保護を求めようとする発明について記載するのであり、②そこに記載した事項は、特許出願人自らが「発明を特定するために必要と認める事項のすべて」と判断した事項であることが明確となる。」としている。すなわち、何をもって発明を特定したかの責任は、出願人が負うということを意味しているのだ、ということに注意すべきである。
また、同逐条解説〔第20版〕によれば、「なお、本項は、特許出願人が特許請求の範囲の記載にあたって何を記載すべきかを規定することによって、前記のような特許請求の範囲の位置付けを明らかにしたものであるから、その位置付けからみて、特許出願人の意思にかかわらず、審査官が特許を受けようとする発明を認定し、その発明を特定するために必要と認められる事項のすべてが記載されているかどうかを判断することは適当でない。このため、四九条四号等の規定中から本項を削除し、「発明を特定するために必要と認められる事項のすべて」が記載されているかどうかは、拒絶又は無効の理由とはしないこととした。これに対し、四項又は六項の規定に違反する場合は、従来と同様に拒絶又は無効の理由となる。これは、五項とは異なり、四項は、特許による保護を与える前提として発明の詳細な説明による発明の公開を義務づける規定であり、六項は、公開された発明について特許による保護を与えるとともに、特許権の権利範囲を明確とすること等を担保する規定であるからである。」としている。すなわち、発明特定事項の善し悪しは、権利化され、裁判で評価されて初めて明らかになる、ということを意味しており、その責任は、出願人が負うのである。
さらに、特許法36条5項の後段には、「この場合において、一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。」と規定してあることを忘れてはならない。前段で記載の自由度を認めた上で、後段で、請求項の発明特定事項が他の請求項と実質同一である場合を許容したのである。出願人は、発明が相互に同一であるか否かを問わず、特許請求の範囲に別の表現形式で特定することができるのである。
以上から、これから「特許請求の範囲に発明を特定する」というときの行為規範としては、まずは、旧法の基準に従い、客観的な「構成」で発明の特定を試み、その後、新法に従って他の請求項で、別の観点から多種多様な表現で発明を特定し、より確実な発明の保護を試みることが望ましいと言えよう。新法は、旧法の立場を内包するのであり、その双方を発明保護の視点で多いに活用すべきである。
審査基準では、「第36 条第5 項の「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載」すべき旨の規定の趣旨からみて、出願人が請求項において特許を受けようとする発明について記載するにあたっては、種々の表現形式を用いることができる。例えば、「物の発明」の場合に、発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現方式を用いることができる。同様に、「方法(経時的要素を含む一定の行為又は動作)の発明」の場合も、発明を特定するための事項として、方法(行為又は動作)の結合の表現形式を用いることができる他、その行為又は動作に使用する物、その他の表現形式を用いることができる。」としている。(第II部 第2章 第3節 明確性要件 2.3 留意事項(1))
(1-11)「のみ」はどこへ行った?
A: なるほど、よくわかりました。
旧法では、発明は、目的・構成・効果を発明の詳細な説明に書くということ。その内の「構成」をクレームに書くということ。現行法では、構成で書いても、作用や効果で書いてもそれ自体の是非は問われず、自由であるけど、その記載責任は出願人が負うということも。
自由には、大きな責任が伴うんですね。代理人の責任も大きいですね。
C: そうだよ。
A: でも、ちょっと質問ですが、旧法では、「発明の構成に欠くことができない事項のみ」と規定されていて、発明特定基準として、構成に欠くことのできない事項、というのはわかりやすいのですが、最後の「のみ」というところはどうなったのでしょうか。現行法では、「すべて」となっていて、「のみ」とは意味合いが違いますよね。
(1-11-1)旧法では、請求項には、発明不可欠事項「のみ」を特定すべきであったのに対し、現行法では、「のみ」がなくなり、発明を特定するために必要と認める事項の「すべて」を記載すべしという規定に改正された。発明の構成に欠くことができない事項「のみ」という規定であると、クレーム記載のすべての構成が、発明の必須要件として発明成立上の軽重を考える余地がなく、このため、クレーム解釈がきわめて文言に忠実にならざるを得ないという傾向を導き出し、解釈が硬直化するとのことで、この「のみ」を外し、クレーム解釈に幅を持たせたいとの趣旨である(松本重敏)。
ただ、これからクレームを特定しようという時、この「のみ」で特定した方がよいことは、権利範囲をできるだけ広く確保するという立場からは、是認される基準である。「のみ」を書くという基準と「すべて」を書くという基準を比較すると、「のみ」の場合、発明特定事項として必要最小限に限定すべきとの制御が働くが、「すべて」となると、発明特定事項として出願人自身が必要と思った以上は、その段階でそれを最小限にしようとする制御は働きにくい。出願人自身が、発明の特定に必要だと考えたならば、それが必須要件でなくとも、「必要」と感じている以上、そのまま、特定に必要な事項の「すべて」として記載してしまうのも無理はない話である。
なお、特許法第36条第5項についての審査基準では、この規定は、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明を特定するための事項を過不足なく記載すべきことを示したものである、としているので、この点でも、「のみ」(過度に要件を入れてはならない)という趣旨は生きているといってよい。
(1-11-2)「のみ」で特定した方が好ましいことは、クレーム解釈論を学ぶとよく理解できる。そこで、簡単にクレーム解釈論に触れる。
特許法第70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」としている。
これは、特許請求の範囲(クレーム)は、当該特許発明の保護範囲(scope of protection)を定める基準となることを意味し、従って、原則として、保護範囲はクレームのみで解釈され、クレームのみで一義的に明白に保護範囲を確定できる場合にはわざわざ発明の詳細な説明の記載を参酌する必要はない。
但し、70条2項は、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」としている。これは、特許法第70条1項で「特許請求の範囲」の解釈が問題となるとき、特許法第36条の規定を受け、明細書中の発明の詳細な説明を参酌して解釈されることを確認的に定めたものである。
70条1項でいう「特許請求の範囲」には、「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載してあること」(36条5項)を要し、しかも、「発明の詳細な説明に記載したもの」(36条6項1号)であり、さらに、詳細な説明の記載は「発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分であること」(36条4項)を要するわけであるから、その反対解釈として、クレーム解釈にあたっては、その拠り所となる「発明の詳細な説明」を参酌して請求の範囲を解釈してよいのである。
特許権侵害であると疑われる対象物件(通常、イ号物件という)が、当該特許発明の「技術的範囲に属するか否か」を判断するときの手順の一例を示す。
(1)特許発明の特定→特許権設定登録時又は訂正審判による訂正後の「請求の範囲」記載の発明を、構成要件毎に分説。
(2)イ号物件の特定→特許発明の各構成要件に対応して、イ号物件の構成要件を分説。
(3)文言解釈(形式的同一性の判断)→請求項記載の構成要件とイ号の構成要件とを対比しその異同を判断する。
(4)実質的解釈(実質的同一性の判断)→各種実質的解釈論の考慮
(5)均等論適用の是非
(1-11-3)権利一体の原則
具体的には、特許発明の構成要件毎に、その意義を「発明の詳細な説明」を参酌しつつ特定し、イ号物件の対応する構成と比較し、その異同を論じることとなるのであるが、ここで、適用される原則として、権利一体の原則という原則がある。
これは、「構成要件の一部を欠くものは、他の構成要件を具備するか否かを論ずるまでもなく技術的範囲に属しない」とする原則である。米国における「オールエレメント・ルール」に共通する概念である。
この原則によれば、権利解釈に当たって、特許請求の範囲の各請求項に記載された発明の発明特定事項(構成要件)が、すべて一体として揃ったとき、権利侵害となる。
例えば、
① Aと、Bと、Cとを備えた装置、という特許発明に対し、
② Aと、Bと、Cと、を備えた装置、は当然のこと
③ Aと、Bと、Cと、Dとを備えた装置もまた、①の発明のすべての構成を備えているので、上記①の特許発明の特許権を侵害し、一方、
④ Aと、Bと、 Dとを備えた装置
というのは、Aと、Bと、Cの内、Cが欠けているので、上記①の特許発明の技術的範囲に属しない、すなわち当該許権を侵害しないと判断されるのである。
C:例えば、君もよく知っているWクリップが次のような特許発明だったとするね。
【請求項1】互いに対向する一対の狭持部、及び、各狭持部の一端を連結する連結部からなり、一対の狭持部及び連結部の少なくともいずれかの部分が板バネ(弾性を有する板状体)にて形成されてなるクリップ本体と、
各狭持部に一端が接続され、他端が連結部を越えて外方へと延出し、一端を作用点、他端を力点とし、連結部近傍のクリップ本体部分との当接部を支点とした一対のレバーと、
を備え、
前記クリップ本体は、狭持部、連結部がそれぞれ板状をなし、被狭持物を狭持していないときに、各狭持部の他端同士が、互いに当接して、断面3角形状をなし、
前記各レバーの一端が、前記各狭持部の端部に回動自在に係止されていることを特徴とするクリップ。
という特許発明だったとするね。
これに対して、次の図のようなクリップが侵害ではないかと疑われた場合、どうする?
A: 教えていただいた手法では、まず、特許請求の範囲に記載された特許発明を分説するんですね。こんな感じですか?
互いに対向する一対の狭持部、及び、各狭持部の一端を連結する連結部からなり、一対の狭持部及び連結部の少なくともいずれかの部分が板バネ(弾性を有する板状体)にて形成されてなるクリップ本体と、
各狭持部に一端が接続され、他端が連結部を越えて外方へと延出し、一端を作用点、他端を力点とし、連結部近傍のクリップ本体部分との当接部を支点とした一対のレバーと、を備え、
前記クリップ本体は、狭持部、連結部がそれぞれ板状をなし、被狭持物を狭持していないときに、各狭持部の他端同士が、互いに当接して、断面3角形状をなし、
前記各レバーの一端が、前記各狭持部の端部に回動自在に係止されていることを特徴とする
クリップ。
C: 良い感じだ。
A: では、イ号はどうやって特定するんですか。
C: 特許発明の構成要件に対応して、どのような構成を有するかを、特定するんだ。ちょっと、クレーム作るのに似ているけれど、これは、現実の実物をそのまま特定すればいいんだ。ちょっとラフだけど、こんな感じかな。
バネ性を有する金属板を折り曲げることで、対向する側板部と、各側板の端縁同志をつなぐ連結板部とを形成してあるクリップ本体と
前記クリップ本体の各側板外面に一端が取り付けられ、他端が側板部と連結板部との接続部分を越えて外方へと延出し、一端を作用点、他端を力点とし、側板部と連結板部との接続部分との当接部を支点とした一対のレバーと、を備え、
クリップ本体は、非使用時に断面3角形状で、2つの側板の前記連結板とは反対側の端縁同志が当接しており、
前記各レバーは、前記クリップ本体の各側板外面に、各側板の前記連結板とは反対側の端縁に対し45度の角度を持って一端が回動自在に取り付けられている
クリップ
A: なるほど。
C: 次に対比だ。ここでは、省略するけど、問題となる構成は4)の部分だけかな。レバーが
回動する点は、共通しているが、回動支点の取付け位置が若干違っている。これを発明思想として同一と言えるか言えないかが争点となるね。特許発明では、狭持部の端部、これに対し、イ号物件では、側板外面。この差異を同一と言えないなら、構成が異なることになるが、その差異が、本質的部分でないなら、均等論の問題になる。
A: で、これ、侵害なんですか?
C: 焦っちゃいけないよ。文言的には4)の構成が違うとは言えるけれど、実質的に違うか否かは、明細書の記載等を参照して、総合的に判断されるから、断定はできないんだ。
このケースでは、A、B,C,Dからなるクリップにおいて、イ号では、Dの構造がD近似のD1となった例なので、微妙な争点となっているが、解釈論として、D=D1であるなら、技術的範囲に属する、D=D1でない場合は、原則としては、構成が違いこととなり、権利一体の原則から技術的範囲に属しないこととなるが、DとD1との差異が微細であるなら均等と判断されることもあるので注意が必要だよ。
A: クレーム解釈は難しいんですね。
C: 今回の、クレーム解釈の入り口を教えたけれど、あくまで、クレームを作成する上で、権利一体の原則を知って欲しいからだよ。権利取得後の実際の解釈は、事件毎に事実関係も違うし、出される証拠も違うので、簡単には割り切れないんだ。
ここで、注意して欲しいのは、発明の構成要件が少ない程、構成要件を充足する確率は高くなるということである。よって、「構成要件が少ない方が、権利範囲は広い」ということになるのである。
この結果、クレームの特定にあたっては、発明の構成に欠くことのできない事項「のみ」で特定した方が、出願人にとって有利である、ことは、今なお生きているのである。
なお、具体的なクレーム解釈は、簡単にはいかないので、判例等を参考に、均等論を含め、様々な解釈事例を学ぶ必要がある。
(1-11-4)権利一体の原則と利用発明
ここで注意すべきは、利用発明という概念である。
① Aと、Bと、Cとを備えた装置
という先願特許発明に対し、
③ Aと、Bと、Cと、Dとを備えた装置
は、技術的範囲には属するものの、新規なDを付加したことで、新たな技術的効果があるならば、特許される場合があるということである。このような発明を利用発明という。先願特許発明の構成要件のすべてをそのまま利用している発明である。このような発明は、別発明として特許可能であるが、実施しようとすると、先願特許に抵触するので注意を要する(特許法72条)。特に出願人は、特許されたからといって安心してしまうので、代理人としては、注意を喚起したいところである。
(1-11-5)発明は構成要件の組み合わせで変わる
以上、権利一体の原則、利用発明の概念から、
①発明の構成要件の内、一つを削除すると別発明、
②一つを他の構成要件と交換(一つ削除、一つ追加と同義)すると別発明
③さらに、新たな構成要件を追加すると別発明
となることが理解される。
従って、これから、発明の特定をしようとするとき、どのような構成要件の組み合わせで発明が成立するかを検討すべきである。
そして、発明には、先に述べたように、「目的・構成・効果」が存在するのであるから、各構成要件の組み合わせ毎に、その目的や効果も異なるである。
これを図示すると次のようになる。
https://gyazo.com/08f5285b1fc1e1fd319d58a7bc07d7c2
この図から明らかなように、構成が変われば効果が変わる。効果が変われば目的も変わる。目的が変われば、構成も変わるということが理解されよう。すなわち、「目的・構成・効果」には常に対応関係があり、その関係性を理解して発明を把握しなければならないのである。
(1-11-6)特許請求の範囲の機能
C: どうだい、わかったかな。
A: そうですね。目的・構成・効果、という切り口で分けると、その対応関係から、どんな発明があるのか、解ってきますね。一つの機能や効果があるところに一つの発明が存在するんですね。
C: ところで、この際説明しておくけど、特許請求の範囲には、「保護範囲的機能」と「構成要件的機能」という二つの本質的機能があるんだ。
保護範囲的機能とは、特許発明の技術的範囲を確定する機能であり(特許法70条1項)、構成要件的機能とは、一の請求項から必ず発明が把握されることを担保する機能だ。
構成要件的機能は、旧36条5項2号では「発明の構成に欠くことのできない事項のみ」という記載であったから、明確だったけど、この点は、「発明を特定するために必要と認める事項のすべて」となった現行法でも、36条6項2号の明確性、及び、3号の簡潔性の規定により引き続き担保されていると言われているよ(特許庁編「平成6年改正 工業所有権法の解説」110頁 発明協会)。
A: クレームは権利範囲を示しているから重要ですね。
C: そう、特許請求の範囲に示された特許発明は、特許公報により公示されるわけであるから、保護範囲的機能の発揮のためにも、「構成要件」という客観的指標で特定されることは、法的安定性からも好ましいんだ。土地だって隣の土地との間の境界線が不明確だったら、隣の土地の所有者ともめるだろ。
A: そうですね。ですから、杭を打って境界線の基準とするのですね。
C: 発明は無形の思想だから、杭は打てないだろ。だから、発明を特定する文言自体で客観的にわかるようにしておかないと、よけいに争いになる。だから、客観的な表現が求められるんだよ。
(1-12)クレーム記載のための他の基準
以上が、クレームに記載する発明の特定方法であり、「構成」を原則に、「機能的記載等」他の記載方法を例外的に採用すべきことが理解されたと思う。ここでは、さらに、様々なクレームの記載方法を追求したいと思う。
(1-12-1)発明の種類に応じた特定方法
C: じゃ、次の条文に行こうか。特許法の2条3項
A: はい。発明の実施について規定しています。
C: そうだね。そこでわかることは?
A: 物の発明と、方法の発明、物を生産する方法の発明毎に実施行為の意義を規定しています。
C: まず、発明の種類があるということだね。
クリップは物の発明だね。でも、クリップの製造方法は、物を生産する方法だね。クリップを使って複数の紙を挟むことは、紙束の保持方法だね。君の叔父さんは、製造方法や保持方法も発明だと言っていなかったかい?
A: 言っていません。製造方法は聞いていませんし、紙を挟んで保持するのは当たり前すぎて・・・。
C: そうだね。発明者は、例えば、物の発明をした人は、物ばかりに気が向いてしまって、その製造方法が新しくとも、それが発明だと気づいていない人もいるんだ。ましてや、純粋な方法まではね。また、純粋方法の発明をした人も、その方法に使う器具だとかを発明しているかもしれない。
いずれにせよ、発明の種類を意識して、多観点からインタビューしておくことが必要だよ。クリップの場合は、方法の発明は無理だろうけど。
物の発明をした発明者が認識している発明は、「物の発明」である。しかし、そこには、その物の作り方があるはずで、時にはその作り方も新規な方法であったかもしれない。故に、弁理士は、提示された発明に潜在している他の種類の発明を指摘し、発明者に認識させることが重要である。その上で、どの種類の発明につき出願するかを決定する。
A: ちょっと待って下さい。クリップが新規ならそのクリップで紙束を保持する方法の発明も新規ですよね。
C: 確かに。そのクリップを用いて、という限定を入れるならね。でも、物の発明としてクリップを特許出願するんだろ。そして、方法の発明の本質ってなんだっけ。
A: 時の要素を含んでいる。
C: そうだね。物自体に特徴があるなら物の発明としてだけ保護すれば良いね。方法は、時の要素の部分に特徴がある、ということだから、新規クリップを使って紙束を保持するときに、新規クリップという構造物に依存しない方法で特定でき、それが新規なら方法の発明として出願する意味があるけど、新規クリップだけに依存する方法だと権利取得する意味がないよね。新規クリップという物の発明が特許されれば、その使用は権利の行使範囲だからね。
A: 難しいですね。
物の発明と方法の発明、物を生産する方法の発明の性質をよくよく理解して、その種類の発明として出願するかを決定しなければならない。
例えば、ハーブを湯で煮る釜と、得られた煮汁を濾過する濾過装置と、この濾過装置で得られた濾液からハーブの含有成分Xを抽出する遠心分離器を備え、前記釜がAという構造で、前記濾過装置がBという構造で、前記遠心分離器がCという構造である、成分Xの抽出装置。
という発明があったとする。
このとき、方法の発明として、
「Aという構造の釜を使ってハーブを湯で煮、Bという構造の濾過装置にて前記釜で煮たハーブの煮汁を濾過し、Cという構造の遠心分離器で得られた濾液から成分Xを抽出する成分Xの抽出方法」という方法の発明を特定した場合、これは、まさしく、前記抽出装置の使用形態である。
方法の発明として、前記抽出装置と併せて出願するのであれば、装置固有の構造の部分は捨象して、
「ハーブを湯で煮て、得られた煮汁を濾過し、その濾液から比重の大きい物質群を選別して得ることを特徴とする、ハーブから成分Xを抽出する方法」という方法で特定し、このような時系列に従った行為に特徴部分があるなら、特定の限定された装置に依存しないので権利化する意味があるといって良い。
A: わかりました。
C: 他にも実務上、いろいろな種類があるぞ。利用発明はさっき言ったね。用途発明、選択発明、プロダクト・バイ・プロセス発明、媒体発明、システム発明。プログラムは物の発明として規定されているね。数値データで発明を特定した数値限定発明。使用(use)発明、というのもあるぞ。長くなるから、自分で調べておいて。宿題だ。
A: はい
C: ただ、プロダクト・バイ・プロセスだけは説明しておこうか。
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム
これは、例えば、「ハーブを湯で煮て、得られた煮汁を濾過し、その濾液から比重の大きい物質群を選別して得た成分Xに、物質Yを加えて得た、物質Z」という特定形式の発明である。製造方法で物を特定した場合である。これは物の発明として扱われるが、物理的、化学的構成で特定されていないが故に、扱いが特殊である。
プロダクトバイプロセスクレームの技術的範囲の解釈は、2つに分かれる。
第3者が、「ハーブを湯で煮て、得られた煮汁(成分X含む)に物質Yを加えて濾過し、その濾液から比重の大きい物質群を選別して物質Zを得た」と主張したらどうであろうか。
これには、(1)製造方法の相違にかかわらず技術的範囲に含まれるという立場と、(2)同一の方法によって製造されている物のみが技術的範囲に含まれるという立場があるが、わが国の判例では(1)の立場が原則であるが(例えば、単クローン性抗 CEA 抗体 3 事件(東地判H12.9.29))、時に、(2)の立場の判例も出ていた(止め具及び紐止め装置事件(東地判 H14.1.28))。
最近の最高裁判決(最高裁判決 平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件 平成27年6月5日 第二小法廷判決)では、通説の立場をとり、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。」とした上で、さらに、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。」としている。そして、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項 2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。」とし、方法的記載でしか特定できない場合に限ってプロダクトバイプロセスクレームを許容する立場をとっている。
よって、クレームをこれから書こうとするときに、この形式はできるだけ避け、得られる結果物の物理的、化学的構造・特性をもって特定するよう努力し、やむを得ない場合に限って製造方法で特定するようにしたいものである。
(1-12-2)発明の実施形態に応じた特定方法
C: 特許法2条3項は、もう一つクレームの書き方を教えてくれているんだ。わかるかい?
A: え。まだあるんですか?
C: そう、「実施」の定義がしてあるだろ。何のために定義しているか知っているかい?
A: 特許法68条でいう「特許発明の実施をする権利」の意義を明らかにするためです。
C: だとすると、こういうことが言えないかい?
当該特許発明が、どういう場面で実施されるかを想定したクレームを立てることが出願人にとって有益だ、と。
例えば、ソフトウェアの発明などは、コンピュータの中でどのようなことが行われているかは、リバースエンジニアリングで解析しないと解らないが、ユーザーインターフェイスならすぐ解るよね。そこからわかるようなクレームを書くんだ。
また、コンピュータやインターネットを利用したシステム発明だと、全体を実施するのが世界に跨っていたり、複数の企業体にまたがっていたりすると、実質的に権利行使できないよ。
A: だから、誰が、どのように実施するかを想定して、クレームを書くのですね。
C: そうさ、よくわかったね。
(1-13)発明の把握(発明の構成の特定)・・水平展開と上位概念化
A: いろいろなことが解りました。発明の構成を優先して特定し、様々な表現形式で補完するんですね。でも、構成ってどうやって特定すると発明思想として特定されるのですか?
C: そうだね。発明者が示した発明は、事実としての発明だから、それを思想として捉えないとね。 発明者からの情報をそのまま書いたのでは、とても狭い範囲でしか発明を保護できない場合が多いんだ。そこで、技術の幅を広げてさらに上位の概念で捉えなおすんだよ。
これは、後で、やり方を説明するよ。
弁理士は、発明者から示された事実としての発明からそこに潜在する思想としての発明を見い出し、これを言語化する必要がある。思想化とは、発明のコンセプト(本質)を見いだし、メタレベルの概念で特定することである。
そこでは、発明の必須構成要件を見いだし、その構成要件を上位概念で捉えることが要求される。そして、上位概念化のためには、必須構成要件を構成する要素技術の代替技術を見いだし(水平展開)、それら代替技術を含む要素技術の総称を見いだすことで上位概念化を果たす。
水平展開をするには、広く要素技術の知識をシソーラス的に有していることが重要であり、そのため、弁理士は、日頃から様々な技術を見聞きしておくことが重要である。上位概念化もまたしかりである。
なお、何を持って必須要件とするかは、発明の目的から絞り込む演繹法と、発明の作用効果(機能)から逆算する帰納法とがある。前者は、目的を達成するに必要な構成を特定する方法であり、後者は、特定の機能・作用効果を奏するために必要とされる論理的前提の構成を特定する。
手法としては、後者の手法の方が、誤りなく特定できるようである。
【第2章】クレームはどのように書くのか
C: クレームに何を書くかわかったよね。ところで、特36条5項に違反したらどうなる?
A: 特36条5項は拒絶理由でも無効理由でもありません。
C: となると、どんな書き方をしても文句は言われないんだね。
A: はい。
C: 確かに、特36条5項を根拠に文句は言われないが、他の条文でいろいろ言われるんだ。だから、それらを考慮した表現にしないといけないんだ。
(2-1) クレームはどのように書くのか(1)・・特許請求の範囲の記載要件
以上、発明の構成をクレームに特定することを試み、その後、それと併せて、場合によっては代えて、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現方式を用いて、発明を特定する。法的には、その特定形式自体には何らの異議も唱えられない(特36条5項は拒絶理由でも無効理由でもない)。しかし、その記載内容は、以下の要件を満たさなければならない。
(2-1-1)統一性
請求項の記載と詳細な説明の統一性が要求される( 36条6項1号:サポート要件 )
クレームに特定された発明が、詳細な説明との関係で、以下に該当するとき、それは特許法36条6項1号:サポート要件違反とされる。
この要件は、クレーム記載事項について、上位概念化の限界を定める基準となることを覚えて置きたい。
(1) 記載も示唆もない(請求項に記載されている事項が、発明の詳細な説明中に記載も示唆もされていない場合)
(2) 用語が不統一(請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明瞭となる場合)
(3) 出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合
例えば、「請求項には、数式又は数値を用いて規定された物(例えば、高分子組成物、プラスチックフィルム、合成繊維又はタイヤ)の発明が記載されているのに対し、発明の詳細な説明には、課題を解決するためにその数式又は数値の範囲を定めたことが記載されている。しかし、出願時の技術常識に照らしても、その数式又は数値の範囲内であれば課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例又は説明が記載されていないため、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合。」(審査基準より)
また、請求項には、「飛行物体一般について特定されているにもかかわらず、詳細な説明には、プロペラ機しか開示されておらず、ヘリコプターのような飛行物体について開示されていない場合などである。
(4) 請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合
例:「発明の詳細な説明の記載から把握できる課題は、自動車の速度超過防止のみであり、発明の詳細な説明からは、その解決手段として、自動車の速度上昇に伴いアクセルペダルを踏み込むのに要する力を積極的に大きくする機構のみが把握できる。他方、請求項には自動車の速度上昇に伴いアクセル手段を操作するのに要する力を可変とする操作力可変手段を設けたとしか規定されておらず、出願時の技術常識を考慮しても、速度上昇に伴い操作力が減少する場合には発明の課題が解決できないことが明らかであるため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合。」(審査基準より)
(2-1-2)明確性( 36条6項2号 )
請求項の記載・・・特許を受けようとする発明が明確であること。
第36条第5項は、発明表現の自由度を認めてはいるが、それは、発明が明確である限りにおいてである。第36条第6項第2号では、「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要求している。
審査基準では、明確性要件について以下のように示している。
(1) 請求項に係る発明が明確に把握されるためには、請求項に係る発明の範囲が明確であること、すなわち、ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できるように記載されていることが必要である。また、その前提として、発明特定事項の記載が明確である必要がある。 特許を受けようとする発明が請求項ごとに記載されるという、請求項の制 度の趣旨に照らせば、一の請求項に記載された事項に基づいて、一の発明が把握されることも必要である(2.2(4)参照)。
(2) 明確性要件の審査は、請求項ごとに、請求項に記載された発明特定事項に基づいてなされる。 ただし、発明特定事項の意味内容や技術的意味(2.2(2)b参照)の解釈に当たっては、審査官は、請求項の記載のみでなく、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮する。 なお、請求項に係る発明の把握に際して、審査官は、請求項に記載されていない事項は考慮の対象としない。反対に、審査官は、請求項に記載されている事項は必ず考慮の対象とする。
(2-1-2-1)<予測可能性の問題>
ここで、「ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できる」とは、予測可能性の問題とも言える。クレームは特許公報により公示されるわけであるから、何をもって「特許権侵害」となるのか、その予惻可能性を担保することは極めて重要であり、その意味で発明特定事項の客観的な明確性が要求される。PBPクレーム最高裁判決(最高裁判決 平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件 平成27年6月5日 第二小法廷判決)で、一般論として「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになる」としているのは、この立場からであると思われる。
予測可能性の観点からすると、クレームの文言は客観的であることが要求されよう。さらに、一の発明が把握されるためには、必須の構成要件が揃っていなければならない。よって、クレームに客観的な発明の構成要件として「発明の構成に欠くことのできない事項」を特定すべしとした旧法の精神は、未だ第36条第6項第2号に生きていると言ってよい。そして、これは、クレームの機能としての、「構成要件的機能」を担保するものである。
(2-1-3)明確性と用語の定義
明確性の担保には用語の定義が必要とされるが、それは、どのように扱われるか。
審査基準第II部第2章第3節2.1(3)に定義の扱いあり
https://gyazo.com/9f2fb05c0a324ed157f83c0471c20b2b
(2-1-4)日本語の問題
用語は辞書に従った正確な日本語を用いる
(特許法施行規則によると)
技術用語は、学術用語を用いる。
用語は、その有する普通の意味で使用し、かつ、明細書及び要約書全体を通じて統―して使用する。ただし、特定の意味で使用しようとする場合において、その意味を定義して使用するときは、この限りでない。
登録商標は、当該登録商標を使用しなければ当該物を表示することができない場合に限り使用し、この場合は、登録商標である旨を記録する。
微生物、外国名の物質等の日本語ではその用語の有する意味を十分に表現することができない技術用語、外国語による学術文献等は、その日本名の次に括弧をしてその原語を記載する。
(2-1-5)発明特定事項と「機能」
上記したように、クレームに発明を特定するに際し、機能・作用で特定しても良いことは述べた。しかし、そのような記載には、種々、問題が生じることがある。
発明を機能で特定した結果、特許を受けようとする発明を当業者が明確に把握できないことになる場合には、36条6項2号違反(発明の範囲が不明確)となる。
旧法下での機能的記載の限界につき、特許法概説(吉藤幸朔)では、『機能的記載は不可であるとすべきではなく、構成要件の記載が全体として明瞭である限り、機能的記載は許容されるべきであろう、とした上で、機能に止まる特許請求の範囲、例えば、「くいを無騒音で打込むようにしたくい打法」のようなものは、上述の理由により許されない。・・しかし、発明の構成要件を思想的に表現し発明保護の完全を図ろうとすれば、特許請求の範囲を機能的に表現せざるを得ない場合があるので、このような場合、機能的記載は許されるとし、上記例において、「くいに振動を与えつつ注水して地中に打込むことを特徴とするくい打法」は許容されるべきであろう』としている。
新法では、原則的に機能的記載は許容されるので、「くいに振動を与えつつ注水して地中に打込むことを特徴とするくい打法」は、新法でも許される。
旧法と新法とでは、原則をどこに置くかの差に過ぎない。すなわち、旧法:原則:「構成」で特定 例外:機能的に表現せざるを得ない場合は可 新法:原則:表現形式問わない 例外:発明の範囲不明確の場合は不可、となったのであり、実際上の機能的記載の限界が広がったものではないと言える。
しかし、原則として禁止されていた表現形式が、原則として許容されるようになったことは、「機能的記載禁止」の呪縛から解き放たれたことを意味する。従って、改正当時機能的記載が増え、その結果いきおい従来よりも観念的に広い範囲で発明が特定されることとなったことは明らかである。
機能的記載の実務上での注意点
機能・作用で発明を特定した場合、以下の点に注意する必要がある。
注意点1.機能的に記載したからと言ってそれが直ちに発明の保護範囲を拡大することを意味するものではない。特許法は、機能自体を保護するのではなく、機能実現手段を保護することを忘れてはならない。
機能的記載で特定した発明の保護範囲を広いものとするには、発明の保護範囲を支えるに十分な開示がされているかが問題となる。この意味で、発明の詳細な説明で、実施の形態をできるだけ多種多様に説明しておく必要がある。請求項と詳細な説明との間の不一致として、36条6項1号違反とされる場合、権利化後におけるクレーム解釈上、実施の形態に限定解釈される場合などがある。
注意点2.適性保護範囲確保のチャンスを逃すおそれ
機能的記載が原則として禁止されていた旧法下で、請求項に発明を特定するにあたっては、発明の機能を発揮することとなる客観的な「構成」を、可能な限り広い概念で表現しようとする「努力」をしなければならなかった。この努力をするが故に、明細書作成技術が磨かれるという面があった。そして、「機能」と「構成」とがほとんど同義であるとき、最高の請求項として評価されるわけである。
機能的表現が是認されると、このような努力をしなくなる傾向が現れ、ともすると、請求項や「手段」の項で、発明の特定が機能的表現に止まり、思想としての発明を客観的構成で表現することを怠り、客観的な構成は、具体的技術である「実施の形態」になって初めて出てくるという現象が現れることとなる。
このような明細書に対し、審査において、その実施の形態とは異なるが請求項の機能的表現に含まれる先行技術が引用されたとき、逃げ場は「実施の形態」における「構成」にしかない。
従って、請求項を機能的表現で特定した場合でも、思想としての発明を客観的構成で表現し、具体的技術である実施の形態よりも上位の概念で保護範囲を確保できるようにしておく必要がある。
なお、機能的記載のクレーム解釈につき、
「部品の自動選択及び組み立て装置」事件(S53.12.20 東京高裁 昭和51年(ネ)783)は、今となっては古い判例ではあるが、機能的クレームの特許発明の技術的範囲の確定を詳細かつ明確に示した点で、機能的クレーム解釈の原点となるものである。そこに示された、
①要件1:発明特定事項が機能的・抽象的な記載
②要件2:発明特定事項が請求範囲の記載自体から不明瞭
③要件3:明細書の記載から不明瞭:実施例サポートなし
④要件4:技術常識から不明瞭
という要件は、解釈の指針として有効である。
この要件が揃ったとき、実施態様に開示されている具体的な技術的思想により、その意味を確定することとし、その具体的な技術的思想とは、①「一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定されるものではない」、②「当業者が容易に実施ができる程度に開示されていない技術的思想までをも当然に含むものではない」としている。
すなわち、機能的記載のクレームは、概ね「実施例とその均等物にまでその権利範囲が及ぶ」というのである。機能的クレームの解釈については、上記以降、多くの判例が出されているので、参照されたい。
(2-1-6)発明の単一性
特許法37条 では、経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明 については、一の願書で特許出願をすることができるとしている。
ここで、技術的関係とは、二以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより、これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう (特施行規則25の8①)。また、特別な技術的特徴とは、発明の先行技術に対する貢献を明示する技術的特徴をいう。(特施行規則25の8②)
一般的発明概念とは、single general inventive conceptの訳で、「全体として1つの発明概念」と言った方が、わかりやすかったと思うが、要は、先行技術の有する問題点を解決するために、同じ貢献を果たすことのできる解決手段群とでも理解できよう。
発明単一性については、審査基準で詳細に説明されているので、参照されたい。
(2-1-7)請求項の記載形式
独立形式と従属形式
独立形式・・他の請求項を引用しない形式。
従属形式・・他の請求項を引用したもの
コンビネーションとサブコンビネーション
コンビネーション・・2以上の装置や工程を組み合わせた装置や方法の発明
サブコンビネーション・・組み合わされる各装置あるいは工程の発明
(2-2)クレームはどのように書くのか(2)・・・請求項の表現
C: さあ、いろいろ学んだね。いよいよ、表現のあり方を学んでみよう。
(2-2-1)表現形式
1)順次列挙形式
AにBを設け、このBにCを設け・・・、などと、あたかも物を製造したり組み立てたりするかのように、順次構成要素を説明して行く記載方法である。必ず前に述べた構成を受けて次の構成を説明するので、構成要素間の有機的結合関係の説明を漏らすことなく記載できるというメリットがある。
【請求項】 傾転可能な摩擦ごまを介してトルク伝達される入力ディスク及び出力ディスクを備えたトロイダル変速機構が2組配置され、この2組のトロイダル変速機構の入,出力ディスクのうち、互いに離れる方向に配置される入力ディスクに、入力トルクの大きさに応じて摩擦ごまの圧接力を変化させる押圧手段及び摩擦ごまに予圧を付与する予圧手段を設ける一方、互いに隣合わせに配置される出力ディスク間に、該隣合わせの両出力ディスクに結合した出力ギアを配置すると共に、該出力ギアの一側に外周部が前記ケーシングにボルト固定された中間壁を延設し、かつ出力ギアの他側に外周部が中間壁に固設された補助壁を延設し、該中間壁及び補助壁の内周と出力ギアのボス部との間に嵌合されたアンギュラ軸受を介して前記隣合わせの両出力ディスクを中間壁に回転自在に支持させると共に、前記中間壁と補助壁,出力ギア及びアンギュラボールベアリングを、変速機の組付け時に予めケーシングに組付け可能に形成したことを特徴とするトロイダル無段変速機。
2) 構成要素列挙形式(一項:箇条書)
構成要件を箇条書きに列挙する手法である。
構成要件が明確に分かり、米国の comprising~(オープンタイプ)クレームに訳しやすいというメリットがある反面、油断すると各構成間の有機的結合関係を記載し忘れることがあるので注意を要する。
【請求項】 半導体レーザーの出力を検出する光検出手段と、
この光検出手段の出力電流を電圧に変換する電流-電圧変換手段と、
この電流-電圧変換手段の出力電圧と基準電圧とを比較する比較手段と、
この比較手段の出力に応じて充放電を行う積分回路と、
この積分回路に充電された電圧を電流に変換して半導体レーザーに供給する電圧-電流変換手段と、
印字データ信号を受信する受信手段と、
この受信手段が受信する印字データに対応して前記半導体レーザーを変調する変調手段と、 この変調手段が前記半導体レーザーの変調を行う間、前記積分回路への前記比較手段の出力を遮断して、前記積分回路の電圧を保持させるスイッチング手段と、
を有することを特徴とするレーザー制御装置。
3)ジェプソン形式:おいて形式
発明の技術的前提を書き、その後、特徴部分書くスタイルで、特徴部分を強調して表現しやすい反面、この形式をそのまま訳して外国出願すると、国によっては、おいて以前が従来例であると解釈されることがあり、また、「おいて」以前の構成の絞り込みがどうしてもあまくなりがちで、油断すると不用意な限定をしてしまうことがあるので注意を要する。
【請求項】 燃料を第1の作動モードで吸入フェーズ中に噴射するか、または第2の作動モードで圧縮フェーズ中に直接に燃焼室(4)内へ噴射する噴射弁(8)と、 燃焼室(4)内へ噴射すべき燃料量(rksoll)を2つの作動モードで相互に異なるように制御および/または閉ループ制御する制御装置(20)とを有する、内燃機関(1)において、 前記制御装置(20)が、 第1の作動モードでは要求されるトルク(milsoll)から必要な空気量(rls ollhom)を求め、該空気量から噴射すべき燃料量(rksoll)を求め、 第2の作動モードでは噴射すべき燃料量(rksoll)を直接に要求されるトルク(milsoll)から求めるように構成されている、ことを特徴とする内燃機関。
4)マーカッシュ形式
複数の群から選んで発明の構成要件とする表現する手法で、複数構成の組み合わせ毎に請求項を作らなくともよく、費用が安価となるというメリットがある反面、すべての構成の組み合わせを、組み合わせ毎に詳細な説明に書いておかないと、後日、特定の組み合わせに限定することが不可能となる(発明の認識がなかったとされる)場合があるので、詳細な説明での手当が重要である。
【請求項】 油溶性高分子物質、沸点280℃以下の揮発性油剤及び固形油脂を必須成分として含有し、
該油溶性高分子物質が側鎖にC8以上の長鎖アルキル基を有するビニルモノマーの重合体若しくは共重合体、又はボリイソプレン、エチレンプロビレンゴム、エチレン酢酸ビニルコポリマー及びボリブタジエンから選ばれたゴム状ポリマーであることを特徴とする油性固形化粧料。(特許庁HP掲載の明細書又は図面に関する補正の事例集より)
5)means+function形式
機能実現手段として「機能」+「手段」という表現方法を用いたものである。ソフトウエェア関連発明で多用される。機能自体を一般的に保護するわけではないので、当該機能を実現する手段としてどのような具体的事物が想定されるのかが重要となろう。よって、詳細な説明で多数の具体的手段を例示し、サポートしておくことが重要となる。米国では112条第6パラグラフで、このクレーム形式の権利範囲は、実施例とその均等物の範囲とされている。
【請求項】被写体に測距用光を投射する投光手段と、前記測距用光の被写体からの反射光を受光し、入射位置に応じた2つの信号を出力する受光手段と、前記2つの信号の比に応じた第1の積分信号、または反射光の強度に応じた第2の積分信号を出力する積分手段と、被写体の遠近に応じて選択された前記第1の積分信号、第2の積分信号のいずれか一方に基づいて被写体距離を決定する距離決定手段とを具備する測距装置。
6)除くクレーム
除くクレームとは、発明特定事項の一部(先行技術部分)を除外することを明示する記載のあるクレームのこと。
【請求項】 親水化処理したアルミニウム板上に、ケン化度60~80 モル%の部分ケン化ポリ酢酸ビニルとエチレン性不飽和結合を1 個以上有する光重合性モノマーからなる感光層を設けた感光性平版印刷版において、該感光層に含窒素複素環カルボン酸(ニコチン酸を除く)を当該分ケン化ポリ酢酸ビニルに対して、1~100 質量%含有させたことを特徴とする感光性平版印刷版。(特許庁HP掲載の明細書又は図面に関する補正の事例集より)
補正により「除くクレーム」とする場合には新規事項の追加とならないよう注意が必要である。 知財高裁平成21年03月31日判決、事件番号 平成20(行ケ)10065 審決取消請求事件において、裁判所は、『いわゆる「除くクレーム」による補正が許されるか否かは,当該補正が法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものであると認められるか否かという問題であって,法の定めを超えた例外を許容するものではない。「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではないからである。
したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないというべきである。 』としている。
(2-2-2)構成要件の部材の名称の付け方
C: いよいよ、クレームを表現するというとき、真っ先に決めなければならないのが、構成要件の名称だ。ここが実は、今後のクレームの行方を決めてしまうという面もあるので、適切に名前を付けてあげる必要があるんだ。
A: 技術用語のシソーラスですね。
①原則として技術用語による
②一般名の無い部材の名称は、その部材の機能や性状でつけるか又は形状で特定する。
1. 機能で特定した例・・・押圧部、当接部、吸引体、
2. 性状で特定した例・・・多孔質部材、弾性部材、可撓性部材
3. 形状で特定した例・・・立方体形状部、U字状溝、コ字状部、舌片状部
③構成部材の位置関係の特定
位置関係を特定する言葉
<端> 一端・他端、先端・基端、上端・下端、左端・右端、前端・後端、端面。
<側> 一側・他側、上側・下側、左側・右側、前側・後側。
<方> (対象物から所定間隔を置いて離れているイメージ) 一方・他方、上方・下方、
前方・後方、側方。
<部> (一定のエリアを占めているイメージ) 上部・下部、中心部←→中心、
中間部←→中間、端部←→端。
<方向> 長手方向←→短手方向、長さ方向←→幅方向、縦方向←→横方向、高さ方向、
厚さ方向、軸方向(長軸方向←→単軸方向)、垂直方向、直交方向、
円に関連して、法線方向、半径方向、放射方向、接線方向。
<相対位置関係>
前後、左右、上下、表裏等相対的な位置関係
(2-2-3)日本語の作文技術:本多勝一(朝日選書)
C: いよいよ、クレーム作りの本丸。クレームの善し悪しは、最後は日本語につきる。
A: 日本語の表現スキルは、日本人だからといって学んだようで学んでないですね。
C: そこで、推薦したい図書がある。:本多勝一氏の日本語の作文技術だよ。情報を正確に伝えることを心がけた文章作成手法を教えてくれる。まさに、特許明細書にぴったりだよ。ちょっと、特許分野向けにカスタマイズするともっといいけどね。
把握した発明を上手く表現できなかったら、法目的を達成できない。そこで、技術思想が正確に伝わるように、表現スキルを磨く必要がある。それに最適な図書が、標記「日本語の作文技術:本多勝一(朝日選書)」である。
ここでは、その内容を深く説明する時間がないので、ここに本多勝一氏推奨の表現ルールを一部示すに止める。
○修飾する側とされる側「修飾関係の直結」
「わかりにくい文章の実例を検討してみると、最も目につくのは、修飾する言葉とされる言葉とのつながりが明白でない場合である。原因の第1は、両者が離れすぎていることによる。」(本多勝一:日本語の作文技術P28)
○入れ子禁止の法則
○修飾の順序「長い修飾語は前に、短い修飾語は後に」
美しい水車小屋の娘
美しいのは水車小屋?
それとも娘?(本来はこちらにしたかった)
「長い修飾語は前に、短い修飾語は後に」という原則に従い、「美しい」と「水車小屋の」を逆転させて、「水車小屋の美しい娘」とすればよい。
○修飾の順序「大状況から小状況へ、重大なものを先に」
(特許の場合「技術的前提を先に」)
木を見て森を見ずという言葉があるが、文章も同様。先に大状況を言ってくれた方がわかりやすい。
特に特許の場合、技術の土俵が先に解れば後の説明が理解しやすくなる。
○修飾の順序「親和度(なじみ)の強弱による配置転換」
言葉や句には、相互に関連性を有するものがある。その関連性の強さに引きずられて、誤解してしまう文章はよろしくない。よって、親和度の強い順を考えて文章を書く必要がある。
技術の場合、技術の関連性を見る。
以上が、本多氏によるルールであるが、特許の場合、「何が」・「何の」・「何を」・「どこに」・「どのように」・「どうしたか」を明確にすること、なぜそのような用語を用いて発明を特定したのか、を常に自問することが重要である。
【第3章】実践
C: どうだい、Aくん、クレーム作成のための知識としては、おおよそのことは教えたよ。これの知識を用いて、どうやって、クレームを作成するか、ちょっとまとめたので、参考にしてよ。
(3-1)クレーム作成手順
発明情報の収集
発明の置かれた環境・背景の調査(事業との関係など)
発明者インタビュー
文献調査
当業者の技術常識に注意
発明情報の整理と分析
静的分析 目的・構成・効果に情報を分ける(各項目の対応関係に気をつける)
https://gyazo.com/d77c7425bdfb5688a2b3562716fecfa3
① インタビュー等で得られた発明情報の中から発明の目的に相当するものを記載する。これは、発明者が認識している目的である。
② インタビュー等で得られた発明情報の中から発明の構成要素を箇条書きする。
③ インタビュー等で得られた発明情報の中から発明の効果に相当するものを記載する。各構成要素に対応して、作用・効果を記載するが、発明者が構成要素毎にそのような作用・効果を説明していない場合があるので、その都度、何のためにそのような構成要素が必要だったのか、どのように作用し、どのような効果を生むのかを、明らかにしておく。
★注意点 ここで注意すべきは、与えられた情報はすべてこの表に記載し、意識的、無意識的に情報を切り捨てないということである。この発明は、こうだとかああだとか評価をこの段階ではせず、ありのままの情報をそのまま目的・構成・作用効果の欄にもれなく記載するということである。評価してしまうと、その発明に関係のないと思った構成要素を無意識のうちに排除してしまうおそれがあるからである。
この静的分析では、与えられた情報を「何も考えずに」「目的・構成・作用効果」の欄に振り分ける、ということが最も重要な作業であることを覚えてください。
動的分析 作用効果(機能)に着眼して、構成を見直し、請求項・明細書に書くべき発明特定事項(構成:持ち駒)を抽出、構成の垂直展開(上位概念化)、水平展開(実施例の多様化)を行う。
https://gyazo.com/e7e6493bf72bcdeb2d5859c971357c9a
https://gyazo.com/db7849e66a92f742cba3602bf94474bb
④ 目的・構成・作用効果各手段の対応関係を明らかにし、作用効果(機能)に着眼して、その構成要素一の機能を有する他の構成要素がないか考える(水平展開)。同一のものがあれば、そのものを含めて構成要素の表現を上位概念にする。
https://gyazo.com/6a29ef6604166373464f0e66fe32b614
https://gyazo.com/0316bc70af1893cca0455e54f356f5f2
https://gyazo.com/03a3c9e55878cae704806be9ddc2f28b
★ソフトウェア関連発明では、いきなり構成要素を機能実現手段で書いてしまうことが多いので、その機能実現手段に含まれるべき要素技術を列挙しておくことが重要。
⑤ 方法の場合、手順の順序を逆にしても成り立つか考える。
⑥ 物、方法、装置、用途、部品、原料毎に発明が成立するか考える。
⑦ 視点・視座・視野を変える・・・・・各構成要素を縦横で眺め、どのような切り口(構成の組み合わせ)で発明が成立するか考える。
⑧ 切り口の捉え方で、目的も変わる。
⑨ 当初認識していた目的を達成する手段として、どの構成要素が必要最小限か? 上記⑧で新たに認識された目的があり、それに対応する構成が最初に認識した目的に対応する構成より広い場合、その広い構成を第1クレームとする。捉えた発明毎の実施例があるか確認する。なければ追加実験。
⑩ 各機能の組み合わせで、どのような効果が出るか考える。その効果が異なれば、それに対応する構成は、新たな発明である。これは前記⑦~⑨と同時に考える。作用・効果から応用品を考えることができる。副次的効果から目的が変わるか検討。
⑪ 最終的に明細書に記載する目的・構成を従来例との関係で決める。 従来例を検討すると、発明者が認識していた目的と異なる場合がある。 従来例に鑑み、構成要素を限定する。
⑫ 事業との関係・競業者との関係等で、目的・構成を見直し、上記をくり返す。全体を通じて、発明コンセプトは何か、事業のどの部分をカバーしているのか(守り)、競業者の事業に対し、どのような抑制力があるのか(攻め)を考える。事業ロードマップ、技術ロードマップの中での位置づけも考えておく。
請求項の特定
上記⑨から⑫のプロセスで、ほぼ請求項に記載すべき発明特定事項が決まってくる。要は、特定の作用・効果(目的を達成するに必要な最小単位としての作用効果)に着眼し、その作用・効果を達成するために必要な論理的前提として、最も上位の発明特定事項(構成;のみ)の選択を行う、ということである。
また、発明の類型(物・方法)の選択も行う。コンビネーション(完成品)、サブコンビネーション(部品)も考える。
以上で、請求項に記載すべき、発明特定事項はすべて明らかになり、また、明細書に記載すべき事項も明らかになるので、請求項を記述し、また、明細書の各項目に上記で得た情報を振り分けて記載すれば、明細書が完成する。
(3-2)実践(ゼムクリップ)
C: どうだい、試しに、叔父さんの発明を書いてみよう。
A: はい、トライします。
C: じゃ、頑張ってね。
クリップの明細書作成の具体例
以上、お疲れ様でした
著作者 弁理士 遠山 勉
2017 年8月31日改訂
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