タスク管理とは(倉下)あるいはモジュールとしてのタスク管理
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(イメージ図)
文章はあとで書く
何かしら入力があり
それをごにゃごにゃして
行動に備える(あるいは行動を呼び起こす)
そのごにゃごにゃが「タスク管理」のイメージ
独立した行為ではあるが、しかし入力と出力に無関係ではありえない。
課題、責任、実践
インプットとアウトプットの間にあるもの
間のシステムと、そのデザイン
以上、メモ。
=== タスク管理部門
タスク管理とは何か、という質問を受けると、私は次のようなイメージが思い浮かぶ。
https://gyazo.com/9af4085355dc40934f452a7285aafcf2
まず何かしらの入力がある。その入力の発生源を取り合えずxと呼ぼう。そのxが箱の中に入ってきて、そこで何かしらの処理を受ける。その後、そこから行動が生まれる。行為が実行されるわけだ。
この謎の四角い箱が「タスク管理」である。私はそんな風にイメージしている。
たとえばこれは何かしらの機能を有するモジュールと呼べなくもないし、あるいは企業の中で特定の職務を担当している部署と呼べなくもない。何かしらの入力を受け取って、他へと出力する。そういう業務を担当する部門。それがタスク管理である。
このような見取り図を立てると、タスク管理は行いとして独立的でありながらも、他の部署との関係性が重要だ、ということが見えてくる。
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たとえば、それは「実行」に寄与しなけえればならない。「タスク管理」部署でものすごいことをしていても、それが実行を助けないならば、業務としてはイマイチである。タスク管理は、実行を目配りする。
一方で、それはxにも注意を向けなければならない。どんどん実行すればいいのだとしても、実行可能な行動には限りがあるわけだし、ましてや実行しても益にならないこと(たとえば、白紙の紙をコピー機にかけること)をたくさん実行していたのではむしろマイナスになってしまう。だから、どんなことを「実行」に移すのかも、タスク管理部門は目配せしている。
しかし、部門は部門である。あまり他の部門にやいやい口出しすると越権行為である。実行は実行部門に、xはx部門に基本的には一任する。しかし、一応は自部門の考えは伝えるようにする。そのような緩やかな関係性が見て取れる。
https://gyazo.com/b5a6af599d9485d5128d8960e929eaf1
一つの企業において、全体とまったく関係のない部署など存在しない。何かしらの部署は、何かしらの形で全体に関与している。その意味で、タスク管理部署もまた、この全体に関係はしている。しかし、総務部がその会社そのものでないのと同じで、タスク管理もまたこの全体ではない。あくまで一部門、しかし大切な一部門である。
=== 管理と実行
この見取り図の場合、タスク管理は基本的に「実行に備える」ための行為だと言える。実行そのものではなく、いかに実行を促せるのか、適切に実行できるのかの下準備(下ごしらえ)を行う作業である。だから、ちょっと言ってしまえば、これは生産性を直接は向上しない。あるいはそんな風に見える。
たとえば会社の売り上げは、直接は営業部が作っていて、他の部署は数字そのものには貢献していないように見える、というのと同じだ。もちろん、営業部だけがあって回る企業というのは存在しないわけで、タスク管理もまた、きちんと貢献はしている。しかし、総務部だけが存在する企業は存続ができないのと同じで、タスク管理をやっているだけで物事が順調に進むわけでもない。やっぱり実行は大切である。
言い換えれば、管理と実行がうまい調和を見せるとき、この全体は「うまくやれている」と言える。
=== 存在x
さて、ここまで「x」と呼んでお茶を濁してきたものに取りかかろう。
正直なところ、これをなんと呼べばいいのかは判然としない。このxまでも含めて「タスク管理」と呼ぶ向きもあるようだが、私からすると非常に違和感のある表現である。「総務部も経理部も一緒でしょ」くらいの違和感だ。だからここでは、もう少し精緻に考えてみたい。
処理系で考えれば、xは「やるべきこと」を発生させる部門だと言える。それを「タスク管理」が受け取って、実行部門へと引き渡す。ここまではよい。
では、「やるべきこと」を発生させる部門とは何なのか。これが一概には言えないのだ。
たとえば会社組織であれば、上司やら取引先が「やるべきこと」を発生させるだろう。命令や注文という分かりやすい形で飛んでくるし、まさにそれをケアすることが仕事であったりする。
一方で、自営業のようなことをしていると、そのような明確な主体が立ち現れないことがある。趣味やライフワークといったことも同様だろう。
さらに、家族における家事やらなんやらも、結構ややこしい。命令してくる主体はいないが、しかしそれをやらないと生活に困難が生じることもある。そのとき、命令者を探そうとすると、なんだか変な感じになってしまう。そのような局面では、仕事の現場とは同じように捉えないほうがいいのだろう。
そんなこんなで、存在xはややこしい。人によっても違っているし、同じ人でも立場によって変わってくる。これを何か具体的な言葉で決定しようとすると、いびつな感覚が生まれてしまうだろう。
だから、やっぱりこれは存在xとしておく。少なくとも、総体としてはそれでよい。それぞれの具体的なレベルにおいて、適切な名前を考えればいいだろう。それが代入しやすいようにxで留めておく、というわけだ。
ともかく、「タスク管理」では、この存在xには直接は関与しない。フィードバックは発生するが、基本業務は、xが発生させた「やるべきこと」をなんとか実行できるように処理していくこととなる。
=== 改めてタスク管理について
=== こうやって分けて考えると何が嬉しいのか
=== 箱の中では何をしているのか?