批評
批評とは本質的に理由にもとづいた価値づけである
批評とは それも「批評」と適切に呼ぶことができる批評とは 眼の前の作品の価値を発見できるよう読者を助けるものである(・・・)わたしの考えでは、作品の価値は、作家がその作品によって何を達成したのか、に結びついている
それがどういった理由で素晴らしいか・悪いか を示すことができること
なんらかの作品の価値が十分に発見されていなかったり、難解なために理解されていない場合、批評が必要になる
それを説明するのが批評
引用文 わたしの考えでは〜 以後はまた別の議論があるらしいが…
批評の構成要素
何に着目して記述するのか?何を選択するか?にも批評者のらしさが発生 文脈づけ:芸術史や制度について、および/もしくは、さらに広範囲の社会文化についての記述 解釈:解釈のターゲットとなるのは(・・・)その意義が明白でない箇所である。解釈があつかうべきなのは、直接与えられるもの、もしくは前景化しているものを超えて、その先にあるものなのだ / 解釈の目的は、鑑賞者の作品理解を後押しし、観客の鑑賞能力を高めるところにある 分析:その作品がどう機能しているのかーつまり、その作品の各部分が互いに結びつきあうことで 記述に基づいた分析をしてみる
手がかりに基づいてその作品がどのような目的を達成しているのか
作品としてこれらを見てよいのか
作品として見たときのご利益と失われるものについて自覚的であるべき
タクティカル5v5にも コンビニ お前の毛穴、どれひとつとっても批評性を持ち得る
それでも押し黙るなら お前の葬式を酷評してやってもいい お前もお前のダチもそれに気づけないから 言いたい放題だ
@sssugita: 一部の天才を除いて、労働しながら、生活を立てながら批評を書いている人の批評の方が、批評の強度が高まるのはひとまず自明なことだ、と個人的には思います。生き方のスタイルは批評の文体と不可分だから。もちろん、親元やヒモの身分では批評を書く資格がない、とは全く思わないけれど 労働と暮らしのにおいが深く染み込んでいない批評は読んでいてもひたすら虚しい
もちろんここでいう「労働」や「暮らし」とは、狭い意味での経済的自立のことではない。たとえば障害者が様々な制度や人間関係を組み合わせて、必死に生き延びていくことも「労働」であり「暮らし」であると思う