シオラン
本直に言えば、私はぜ自分が生きるのか、生きるのをやめないのかを知らないと言わねばならないだろう。おそらく鍵は、生の非合理性という現象にあり、これこそが理由なしで生を持続させる。そして生きるためには不条理な理由(motive absurde)しかないとすれば?
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サント=ブーヴは、一八四九年、若者たちがロマン派の世紀病から身をそむけ、サン=シモン主義者のひそみにならって、「産業の限りなき勝利」を夢みるようになった、と書いている。この夢は、残りなく実現されたすえ、現代のありとあらゆる事業の信用を失墜させ、希望という観念そのものをも不信にまきこんでいる。