ウィーナー
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サイバネティクスと精神病理学
私は病理学者でも精神病医でもない。この分野で信頼できる手引きとなるのは、経験だけであるが、私は何の経験ももたないのである。また他面、異常状態における脳や神経系の機能についてはいうまでもなく、正常状態の機能についてさえも、われわれの知識は、アプリオリな理論に信頼を寄せうるほど完成されたものにはとうていなっていない。したがって、たとえばクレペリン(Kraepelin)とその学派が記載した病的な症状のような、精神病理学上の特殊な事実を、計算機械としての脳の組織の特別な故障から生ずるものであるとみなすよらな主張には、組することができないことを前もっておことわりしておきたい
上記のようなことわりを入れつつ「しかしながら、脳と計算機とが多くの共通点をもっているという認識は、精神病理学にはもちろん、精神病学にとっても、新しい有効な近接手段を暗示するものと思われる」として肯定する。
これらの学問は、最も単純な次の疑問から出発する。すなわち.脳の個々の要素の機能が悪くなっても、脳全体としては大きな誤りや失敗をさけうるのは何故か、という疑問である。計算機の場合には、同じような疑問は実際上きわめて重要な意義をもっている。この場合には、個々には数分の1ミリ秒程度の演算が、数時間ないし数日間も続くこともあるからである。計算操作の連鎖が10個もの段階を含むことも確かにありうる。現代の電子回路の信頼度は、最も楽観的な期待をさえはるかにこえるほど高くなっているが、このような事情の下では、どこか一つの演算操作がまちがうという危険を無視することはできない.
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本書の目的は、今日に至るまで全く人間だけにできることと考えられて来た分野に於ける機械の可能性を説明すると同時に、人間にとって人間のことが何よりも大切である世界の中でこれらの可能性を専ら利己的に利用することの危険を警告することにある。
まず「全く人間だけにできることと考えられて来た分野に於ける機械の可能性」という文脈で、サイバネティクスという科学を構成するものについて論じる。
通信文(message)特に制御(control)用の通信文としてどんなものが有效であるかを研究すること
これは同時に、機械と動物に共通な通信(communication)と制御の働き及びその背後にある構造の共通性を扱う科学である。それゆえ下記のようにいうのだ。
人間社会というものは、それに属する通信文と通信手段との研究を通じてはじめて理解できるもの
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生物組織を特徴づけるものとわれわれが考えている現象に、つぎの二つのものがある。学習する能力と、増殖する能力とである。この二つは、一見異なっているようであるが、互に密接に関連している。
学習する動物/増殖する動物と個体的学習/種属的学習
学習する動物というのは、過去の環境によって、今までとは異なる存在に変化することができ、したがって、その一生のあいだに、環境に適応できる動物のことである。
こうした「一生のあいだ」から「自分自身を環境に適応していく手段」を、「個体の個体発生的(ontogenic)な学習」として「個体的学習」とする。また個体的学習は種属的学習と比較して「ヒトにおいて、またそれほどではないが他の哺乳類において、この個体的学習と、個人的な適応性は最高に発達している」といる。
実際、ヒトの種属的学習の大部分は、個体的学習がうまくできる能力を確立することに向けられているといっても過言ではない。
ジュリアン=ハックスリー(JulianHuxley)は、鳥の心理についての基本的な論文で、鳥では、個体的学習能力が僅少であることを指摘している。昆虫の場合も同様である。この両方の場合,飛ぶことのために非常に高度の能力が個体に要求されるので、そのための種属的学習に、個体的学習の分まで、神経系の能力がつかいはたされてしまったのであるとも考えられよう。鳥の行動形態は、飛翔、求愛、ひな鳥の哺育、巣づくりなど、雑多であるが、鳥は一番はじめから、母鳥にあまり教えてもらわずに、これらの行動を確実に行なうことができる。
一方、増殖する動物と種属的学習は下記のように表せる。
学習する動物というのは、少なくとも近似的には、自分自身と同じような別の動物を作り出すことのできる動物のことである。‘同じような’といっても完全に同様で、時間がたっても変わらないというわけではないであろうから、もしこのときに生ずる変化が遺伝するものならば、その素材に自然淘汰がはたらき得ることとなる。遺伝によって行動のし方が伝えられるものならば、それらのいろいろな行動の形態の中のあるものは、種の生存のために有利であることが見出されて、固定され、種の生存に不都合な他の行動形態は除去される。こうして、ある種の、種属的(racial)、または系統発生的(phylogenetic)な学習が生じる。
学習機械と自己増殖機械
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ウィーナー博士は、彼自身、神という観念をあえて拒否していないように思われる。ただし博士が暗に認めている神は、キリスト教徒の考えている神とはかなりちがっている。彼の思想は、"神とは人類の社会的産物である"と主張するマルクス主義ともかなり異なる。