ボードレール
私はただ、ゴヤが滑稽の分野にもたらしたきわめて稀な要素について数語をつけ加えておきたい。つまり幻想性について語りたいのだ。(...)なるほど彼はしばしば兇暴な滑稽に飛び込んでいくし、絶対的滑稽にまで高まることもある。しかし、彼が事物を見る全体的な相はなかんずく幻想的なものである。というかむしろ、彼が事物の上に投げかける眼差しが、自然に幻想的な翻訳なのだ。
第二章 ロマン主義とは何か?
このように、ロマン主義の「北方」は、色彩家で理想主義者であり、想像力が豊かで、絵画に秀で、原罪以後の失楽園的世界を表現している。他方、古典主義の「南方」は、自然主義的かつ実証主義的で、彫刻に秀で、原罪以前の楽園的世界を表現している。
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子どもはすべてを新しさのうちに見る。子どもはいつも酔っている。色彩や形態をむさぼり吸い込む子どもの歓びほど、いわゆる霊感に似たものはない。〜天才とは、意のままに再び見出された幼年期(I'enfance retrouvée à volonté)、今や己を表現するために成年の諸器官をもつようになり、無意志的に集積された材料の総体に秩序をつけることを可能にしてくれる分析的精神をもつようになった、幼年期に他ならない。 世界を先入見なしに見つめ、都度歓びとともに新たな発見をしていく「霊感」としての「子ども」の能力を、「大人=成年」の表現力と分析力とを備えつつ駆使する者が芸術家であるとする
ボードレールは『危険な関係』を「歴史の書」と規定しただけでなく、「フランス大革命を解釈し説明する」書物であると考えた。そして次のテーゼを唱える。
革命は官能的なる人々の手によってなされた(La Révolution a été faite par des voluptueux.)。(...)それゆえ、放蕩な書物というのは、大革命を解説し説明することとなる。