トリュフォー
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原題の「Les Quatre Cents Coups」(あえて直訳すれば「400回の殴打、打撃」)は、フランス語の慣用句「faire les quatre cents coups」(「無分別、放埓な生活をおくる」といった意味)に由来する。『ある訪問』『あこがれ』などの短編映画を手がけた後、1959年に発表したトリュフォー自身の幼少時代の自伝とも言うべき作品である。
バルザックとアントワーヌ
アントワーヌはバルザックの『「絶対」の探求』を援用する。主人公たるフランドルの富裕な地主のバルタザール・クラースは、人生後半の20年余を化学上の絶対的真理を探求することに取り憑かれる。もしそれが解明されれば錬金術師よろしく、みずからの手でダイヤモンドを作り出すのも容易だという。そのためにおびただしい実験器具や高価な試料を買い付けたため、ついに破産に瀕して、労苦のあまり愛妻は命を落としてしまう。さすがに改心して実験を中止したのも束の間、ふたたび情熱に駆られるまま再開して……を繰り返したあげく、70代に至ってなお妄執に囚われつつ、脳出血の発作に見舞われて悶死を遂げる場面が下記に引用した個所だ。そんなバルタザールの姿は19世紀のヨーロッパにあって、神が失墜し、代わりに自分こそが万物を認識できると考えるようになった人間の凶々しいありさまを象徴しているだろう(参照)。 すなわちロマン主義文学者バルザックの描く『「絶対」の探求』とは、神という完全性、或いは絶対を失うことでバルタザールが患う世紀病と、その空洞を埋めるべく縋る錬金術という地平にある。