敬意の欠如と情報整理への無関心の関連を考える、
前提:のらてつは「敬意」を人間にとってのキーワードと強く認識している
「情報を整理することに興味がない」とは
興味を持つほど「情報」に価値を見出だせていない
自力で整理することが必要な情報とはつまり「自分の情報」
自分の人生に関わるはずの情報
自分そのもの、自分を支えるもの、自分が支えるべきもの
自分の情報に価値を見出さない=自分そのものを蔑ろにしている
況んや他人の情報をや
根本的に他者への敬意を欠いている
自己より大事なものなどなく、自己が大事でないなら全てが大事でない
※自己犠牲の話は更にメサイア・コンプレックスなど複雑な話になるので置いておく
(情報整理に関心があることがイコール他者への敬意を示すわけではない)
誰かが他者に感心を示したとき、そこに敬意があるとは必ずしも感じられない
自己が行方不明正体不明の状態で、自己以外の存在に対するありがたさを芯から感じ取ることはできないのではないか
似ているが別の状態
「情報を整理することができていない」
興味がありながらうまくいっていないのは方法論の問題でしかない
「整理しなくても必要な情報を把握できている」
問題は整理しているかどうかではなく「情報に興味があるか」
整理のためのツールを使わなくても、「自分の情報」を把握しているならもちろん自己を蔑ろにしていることにはならない