個人の歴史で形作られた唯一の感性による創造性
@TMSOnews: 【#都響 YouTube 配信スタート🎥】
すぎやまこういち:
ヴァイオリンのための《神秘なる静寂》
https://youtu.be/zylF4xMXpJE
ドラゴンクエストⅧ『空と海と大地と呪われし姫君』の「神秘なる塔」を原曲としてヴァイオリン独奏と弦楽合奏のために生まれ変わり、献呈された都響ソロ・コンサートマスター矢部達哉の独奏によって昨年初演を迎えました。
本日(4/11) すぎやまこういちさんのお誕生日に寄せて、美しい旋律と神秘的な響きにあふれた傑作をお楽しみください。
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創立60周年記念 都響スペシャル
「すぎやまこういちの交響宇宙」より
《カンタータ・オルビス》ー 交響曲《イデオン》
ー《カンタータ・オルビス》
https://youtu.be/6SoqaqE1Kcc
公開された!!
当日これを生で聴けたのは幸福だった。しかしもう全く忘れてしまっていたので、また聴けるようになって本当に嬉しい。最初のほうはDQ8の「神秘なる塔」だがそのあとの展開はもう思い出せなかったので、あらためて新鮮な感動が…
「日本の風」もどうか配信していだければ… もう一度あの冒頭の和音が聴きたい。あれはすごかった…
しかしこの「神秘なる静寂」の、「神秘なる塔」から加わった展開は、いわゆる純音楽としてすぎやまこういちが本当に書きたい響きを遠慮なく書いている感じがあって(「日本の風」のほうはさらにそうだったけど)、なんというかこういう創造性は本当にすばらしいものだよな、とつくづく思う。
こうした創造は、たくさんのものを下敷きにしつつも、これまでになかったものを探しているわけで、そこにはひとりの個人が刻んできた唯一の歴史で形作られた感性でしか選び出せない音の並びがあるはずなんですよ。少なくともそういうロマンがある。
朝にリツイートしたのも(↓のツイート)この意味で自分のもやもやした感覚にけっこう近くて、まあいろいろな意見があるだろうけど、やっぱり自分はこういうところをまだ信じたいのだろうな。
@brivael:
(Grokによる翻訳)
AIは決して人間の創造性を置き換えることはない。そしてなぜそれが数学的な確実性であり、単なる楽観主義ではないのかを説明しよう。
最近、誰かが私にこう言った:「創造性ってのはアルゴリズムだよ。」
彼は部分的に正しい。それはアルゴリズムだ。でも、彼が思っているようなものじゃない。
創造性とは、現実とつながったアルゴリズムだ。身体とつながったものだ。人間であることの感覚とつながったものだ。雨を感じること。心臓が速く鼓動すること。マイナーコードを聞いて理由もなく悲しみを感じること。それは、35億年の進化によって形作られたハードウェア上で回るアルゴリズムで、痛み、快楽、恐れ、驚嘆、喪失によって配線されている。
そして、まさにそれがモデルでは再現できない部分だ。
LLMは人類がこれまで生み出したすべてで訓練されている。すべての音符、すべての言葉、すべての画像。でも、それは決して寒さを感じたことがない。誰かを失ったことがない。午前3時に音楽を聴いて鳥肌が立ったことがない。音や言葉や色の組み合わせが、人間の深い部分に触れるという説明のつかない感覚を味わったことがない。
モデルは既存の創造的領域全体を再結合できる。それはとても上手くやる。でも、「自由に」創造するとき、それは既存のすべてのものの統計的平均に収束する。既知の重心に向かう。そして、既知の重心とは、凡庸なものだ。技術的には正しく、美的に死んでいる。
人間の創造性は逆を行う。それは発散する。未踏の領域の特定の点に向かって押し進む。そしてその点は、ランダムに選ばれるものではない。身体の中の何か、生きられた経験、数千時間の練習で鍛えられた直感が、「これが正しい響きになる」と告げるから選ばれるのだ。
ミュージシャンが新しいスタイルを発明するとき、それはランダムな抽選じゃない。それは、音が人間に与える影響を、物理的でほとんど動物的な理解で導かれたリミックスだ。それは、誰もが重ねまくるときに耳が空間を必要としていると感じること。沈黙が騒音より強く打つこと。誰も試したことのないその組み合わせが、明らかな真実を生み出すこと。
それはアルゴリズムだ、確かに。でも、その評価関数は「これが人間に響くか」だ。そしてその関数は、テキストで学べるものじゃない。生きることで学ぶものだ。
AIはこれまでで最も強力な増幅器だ。でも、入力量子信号のない増幅器はノイズを生む。その信号とは、あなただ。あなたの人生。あなたの趣味。あなたの傷跡。あなたの世界との関わり方。
創造性とはアルゴリズムだ。肉体上で回るアルゴリズムだ。だからこそ、それは決して置き換えられない。
#雑記
2026/4/11のX(twitter)をもとに