予定どおりに偶然に
なんというか、人間、合理的な考えばかりに触れるとしんどくなるのかもしれないなあ。
ここでいう合理は、なんというか、個の自由とか金銭的な損得とか、そういうものを前提とした合理というか。そればかりになると集団としては破滅に向かいそうだと割と思う。
そういったことに微妙に関連していそうなこととして、いわゆる「PDCA」ってよく批判されるけど、Pに「外乱」を加えるようなモデルを考えると、わりといいのかもなとか。ちょうどPerturbationだし(笑)
ある種の非合理をシステム化しないと局所解に収束して結果的に脆弱になるのだろうし。よく話題になる研究費の「選択と集中」なんかも同じことでしょう。
新しい価値の軸も、そこからしか生まれない。
メタヒューリスティクスでよくいわれるexplorationとexploitationのジレンマで、explorationがいいあんばいの確率で起こるようにしないと局所解にトラップされる。
KANに「予定どおりに偶然に」という曲があるけど、まさに「予定どおりに偶然に」をやる必要があるんだろうな。そういうしくみのある集団なり組織なりが「最後に勝つ」。
2020/1/4のX(twitter)より
#雑記